かきかけのLink-2
はじめて移民船が宇宙へ飛び立った日。
まだ子どもだった彼女は、母親の手をぎゅっと握りながら、いつか自分もあの船で宇宙へ飛び立つのだと思った。
大勢の人の歓声と怒号が鳴り響いて、音楽隊の演奏がそれを後押しする。大気はビリビリと震えていた。
そんな中で、まだ少女だった彼女は、胸にこみあげてくる感情の正体がわからず、たまらなくなって母親の顔を見た。
母は、どんな顔をしていただろうか。不安そうな娘を見て、微笑んでいただろうか。
空白の場所。彼女の思い出の中の、空白。
見上げた母の顔を、彼女はもう思い出せない。母親だけじゃない。かつて約束を誓った友の顔も、自分を陥れた人間の顔も、記憶から消えようとしていた。
いつか、すべて思い出せなくなってしまうんだろうか。
このまま無駄に生き続ければ、いずれそんな日がくるだろう。
彼女は思った。
これ以上の人生に、意味はない。
それでも最後のページを捲れずに、彼女はただソファーに座り夢を見続ける。
ふいにやってきては去っていく思い出の波にさらわれながら、彼女は少し、けれど深く眠る。
遠くのほうで、誰かが自分の名前を呼んでいてくれるような気がした。
彼女は時折広場に寝転がり、雲に厚く覆われた太陽を見た。かすかにしか届かない光が、この惑星がいかに病んでしまったかを示している。
人の手によって、人が住めない場所となってしまったその惑星。
人々は相次いで故郷たるこの大地を捨て、宇宙へと旅立ち、やがてただ一人の人間がそこに取り残されることになった。病んだ星の環境下においても生きられる、特殊な体を持った彼女だ。
取り残された彼女は、ありのままの惑星の姿を、その目で見つめ続けた。ありのままの朝、ありのままの昼、ありのままの夜。そのすべてを受け入れようと思った。
やがて雲が少しずつ晴れていくのを彼女は感じ、この惑星の病が回復へと向かっているのを知った。
惑星は、自らの力で息を吹き返したのだ。
それを何百年という月日をかけて見守りながら、反対に自分がどんどん侵されていくのを、彼女は実感していた。
彼女が今日に至るまで生きてこられたのは、ロボットたちのお陰であろう。
彼らも徐々に機能を停止していったものが多くあったが、それでも彼女の生活を維持をさせるには十分であり、時には楽しませてくれることさえあった。
彼女はその広すぎる惑星の、唯一の人間だったが、彼らのおかげで決して永遠の孤独を生きてきたわけではなかった。
そしてそんな彼女の、永遠とも思える人生に終わりを告げたのも、またロボットであった。ある日突然彼女の前に落ちてきたあるロボットが、彼女の冷え切った運命を大きく動かすことになる。
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