かきかけのLink-3
彼女にも一応仕事があった。
その惑星に遺されたネットワークと古い衛星とのつながりを保ちながら、この惑星から外部へ、宇宙へ移民していった他の人間たちとの通信を行い、惑星の環境浄化の進捗を報告するというものだ。
彼女は、一年に一度、宇宙の向こうの生命体と連絡を取る。必要なデータを、宇宙を統治する『管理局』に送る。
それが彼女に残された、外部とのつながりだった。
彼女はソファーから立ちあがると、最後の仕事に向かった。
調査報告の流れは、何十年何百年経とうと、基本的には何も変わらなかった。まずこちらから報告書のデータを送り、その後それを受け取った局の担当者から通信が入る。この担当者こそ、通信を通じて彼女が唯一顔を合わせて話をすることができる相手なのだが、もちろん彼女が望むような会話ができるわけではない。
中には彼女と雑談を交わしてくれる人間も過去にはいたのだが、そのほとんどはやはり事務的な用件のみであった。
彼女もそれはとうにあきらめていたことだった。
―――宇宙では、この惑星のこと、私のこと、どう捉えられているのだろうか
彼女は知っていた。自分が、ここに取り残された本当のわけを。環境調査なんて、ただの建前だと言うことを。
たった一人で、この惑星に閉じ込められなければならなかった理由を。
―――私は、生かされているだけだ
そんなことを、彼女は思っていた。
異変に気がついたのは、データを送信してからしばらくのことだった。
担当者からの連絡が、来ない。
報告のやりとりは日程から時間まで、時間差を考慮しつつ毎回厳密に指定されている。決定するのは向こうであって彼女ではない。だから彼女が時間を間違えていなければ、連絡が来ないというのはおかしいのだ。
ネットワークに狂いは見られなかった。確かに、報告書は送られたはずだ。第一、報告書がなんらかの原因で送られていなかったとしても、関係なしに連絡は入ってくるに違いない。
彼女はもう一度不備がないか確認をする。これまでにも何度か同じようなことがあり、その度にどちらかのシステムに問題があったのが原因だったのだ。
(それにしても、最後だと決めたときに限って・・・・・・)
彼女は深いため息をついた。どうやら神様は、彼女に安息の終わりを与えるつもりはないらしい。
(遅れて向こうから連絡が来たところで、構うものか)
彼女は再びため息をつくと、今度は何かが吹っ切れたかのように、その部屋を放置することにした。
その時だ。聞きなれないサイレンが鳴り響いたのは。
赤い光が白い建物を照らし、鼓膜に響くほどの大きな音が響き渡った。
突然のサイレンに彼女は何百年ぶりかの驚きを感じ、思考がついてゆけず呆然と立ち尽くしていた。それはこれまで一度も鳴ることが無かった音。数百年ぶりの、突然の出来事だった。
彼女の体が熱く、そして心臓が壊れるほどに高鳴るのは、しかたのないことだった。
そのサイレンの意味に行きあたるまで時間がかかった。彼女自身忘れてしまうほど、はるか昔に仕掛けたものだったから。
それは、彼女以外の何かがこの惑星へ不法に侵入したことを意味していた。
鼓動の高鳴りが何を期待しているのかはわからない。だが侵入したものが何であれ、自然と彼女は走り出していた。
何かがやってきて、それは彼女の長らく動くことのなかった湖畔に、波紋をもたらしたのだ。
果たしてそれは、ただのものなのか、意思を持った命なのか・・・
侵入者は古い建物のそばに不時着していた。
それはかつて「学校」と呼ばれていたところであったのだが、
周囲を十分に警戒したのち、ゆっくりとそれに近づいた彼女が目撃したのは、
壊れかけの、少女の形をしたロボットだった。
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