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もしも子供がいたならと考えてみた

私は独身で子供がいない。子供が苦手なわけではなく、むしろ好きな方だと思う。後悔の方が多い人生だけれど、その中でも子供については後悔していることの上位に入る。

祖父母には、ひ孫の顔を見せることが出来ず、両親には孫の顔を見せることが出来ず、姉には甥か姪の顔を見せることが出来ず、姉の子供達には従兄弟、もしくは従姉妹に会わせることが出来なかった。

若い頃は、自由気ままな生活が楽しかったし、結婚して子供を産むのは自然の流れで、普通にいつかはそうなるものだと思っていた。しかし人生はそんなに簡単なものではないと気付いた時、子供を産むには厳しい年齢になっていた。

また、婦人科系の病気もあった為、医師からは「子供はできにくいかも知れないですね」と言われていた。その時点で、あきらめがあったのかも知れない。

さらに、こんなことを言うと呆れられると思うけれど、出産の痛みに対しての恐怖が大きく、子育てに自信がなかった。当然のことだけれど、子供が好きなだけでは子育ては無理だ。

もしも子供がいたなら私は何かが変わっていただろうか。ふと考えてみた。
それは今、自分の子供でもおかしくない年齢の人達と働いてることが関係しているのかも知れない。その考えは次第に大きくなっていった。

そんな矢先、茶トラの雄猫「Char」ちゃんを迎えることになり、人と一緒にしてはおかしいかもしれないけれど、母親を疑似体験している。「猫育て」真っ只中の私は、神経質で心配症。上手く叱ることが出来ず、「Char」ちゃんはワガママ大王と化している。

毎日睡眠不足で「Char」ちゃんに振りまわされ、この約1年で6〜7kg体重が減った私を側で見ていた母は、「子供はいた方がいいよと言っていたけど、今の貴女を見たら、いなくてよかったのかもね。」と言われた。私の性格を分かっているからこその言葉だと思う。

そして母は今、老後の心配をしている。自分よりも「Char」ちゃんが優先されると思っているからだ。さすがに、申し訳ない気持ちになった。
また、母は犬が大好きで、老後は柴犬を飼うことを望んでいた。

それなのに、「Char」ちゃんを受け入れてくれて、色々言いながらも可愛がってくれているし、協力もしてくれている。このままではいけないと反省する私だった。老後の心配をさせないように頑張らなければ。

私には子供がいないけれど、今は「Char」ちゃんがいる。
よく「もう本当に頭に来ることがあっても、子供の寝顔を見ていると可愛くて仕方がないのよね」と聞くけれど、最近まさにそれと同じようなことがあった。

休日の昼間に、ベットに横になっていると、つい夕方近くまで寝てしまっていた。疲れていたのだと思う。横を見ると、私に寄り添うようにして「Char」ちゃんがスヤスヤと眠っていた。

無防備で、信頼してくれている「Char」ちゃん。夕日にあたりキラキラ光る毛並み。そして隣にいる「Char」ちゃんの寝顔を見た私は、大変だったこれまでのことなど忘れて、あまりの可愛さに不意に涙が出そうになった。

「本当になんて可愛いのだろう。」

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