漆黒アイライナーの蝶

漆黒アイライナーの蝶

私のメイクポーチには一本のアイライナーが入っている。
デパートで買った少しお高めのいわゆるデパコスってやつ。
金色と黒のフォルムがかっこいい。
いつもはアイライナーにこんなにお金を出さないのに、
たまたまお給料が出た時だったし、
たまにはこういうものを買ってみるか。と思い切ってカウンターのお姉さんにお願いした。

子供のころから活発でいつも真っ黒に日焼けするまで外で遊んでいた私は、
近所の友達と戦隊モノごっこをして遊ぶときは、色が黒いってだけで、
いつも一番人気のないブラックレンジャー役だった。
唯一女子役のピンクレンジャーが回ってくることはほとんどなくて、
ピンクレンジャーがやれるクラスメイトとか、近所のかわいい女の子たちを
口に出して言えないけど、内心いいな。と思っていた。

ブラックレンジャーはおちゃらけキャラで、ドジで間抜けなやつ。って決まっている。
わたしはほんとはピンクがやりたい。って言いたかったんだけど、
「お前はブラックだよな。」って言われてしまうと、
「うん、まぁ、いーよ。」って言って、いつも本心と違うのに承諾してしまっていた。
ピンクをやりたい。って言って、
「お前、ピンクってキャラじゃないだろ。」って言われることが怖かったからだ。

そんな私は中学高校とそのまんま大好きなスポーツに打ち込み、
部活を一生懸命やって、色は真っ黒のまんま、大人になった。
仕事もして、恋もして、お給料だって自分でもらうようになったから、
自分が欲しい。って思ったものを好きな時に、好きなように買えるようになった。

漆黒のアイライナーは私が女性らしさをを仕掛けるアイテム。
本当はね、中身は女性らしさを前面に押し出したい性格なんだよ。
と外側にアピールできる唯一のメイク道具だ。
ノワールミニマムという名前が付いたそのアイライナーで
私は目尻にごく小さな蝶を描く。

「僕は君にぴったりだと思うな。」
蝶のモチーフを勧めてくれたのは彼だった。
男性中心の職場で、負けたくなくて、
何度も何度もくらいついて、悔し涙流して、認められたくて、
がむしゃらに仕事をしていた私を優しく包み込んでくれたのが彼だった。

「すごく内に秘めたものは、きっとかわいい女の子なんだよね。」
彼が最初にかけてくれた言葉が意外で、
なんでこの人は私の心の内がわかるんだろう。って思った。
だからこそ、すごく怖くて、すごく興味を惹かれた。
こんな風に男の人を好きなるのははじめてだった。

今は彼の前では一人の女でいられる。
ベッドの上でも、普通に一緒に散歩してても、
どんな時でも私はただの女の子だ。

例えば仕事で遅くなって駅まで迎えに来てもらった時、
「今日もおつかれさまでした。」
って言ってくれながら、彼は指を絡めてくれる。
あたしはその瞬間が待ち遠しくて、
「はやくおうちに帰りたいな。」って思いながら、
漆黒アイライナーを引き直すのだった。

漆黒アイライナーで描かれた蝶は飛び立たない。
いつも私の目尻にいる。
とても小さな蝶だから、よっぽど近づかないとわかんないし、
大体顔を引き寄せてやることなんて、
恋人としかしないもの。

わたしは彼とここで過ごすし、
別に明日からものすごく運命が変わるわけでもない。
ただ、この金色と黒のパッケージのメイクアイテムが
私をただの女の子にしてくれることだけは、
ずっと信じていたいと思う。


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