トワイライト帰り道

トワイライト帰り道

トワイライト・エクスプレスに乗ったのは、偶然の気まぐれではない。
この名前に惹かれたからだ。
普段、旅にでることなんて、そうそうないのに。
雑誌でたまたま見て、
あ、あたし、これに乗らなくちゃ。
そう思ったのだ。

行先はどこでもよくて、
金沢だろうと、大阪だろうと、札幌だろうと、
それはどうでもよかった。
周りは私が誰も知らない人ばかりの
そこにいたり、いなかったり。
そういう流れがある場所に身を置きたかった。

あとは、時間。
そう、時間。
時間が欲しかった。
過去の私と話す時間。

ねぇ、ママがいなくなった時、本当は泣きたかったんでしょう?
ママの後を追っかけて行きたかったんだよね?
向かいの寝台に小さな私が腰を掛けている。
手のひらには干からびた蝶の鱗粉。
そう、母が好きだった、紫色の蝶のかけら。

あ、この感じ、知ってる。
前にも体験したことある。デジャヴだ。
まだ学生だった頃、バイト代を貯めて旅行したバリ旅行。
格安チケットの貧乏旅行だったから、
列車は寝台車で、知らない言葉が行きかう南国で
なんもできなくて大きなバックパック抱えて、泣いたんだった。

あの時も小さな私は目の前の古びた寝台に出てきた。
ねえ、ママに会いたい?
今日と同じ質問をしてきたけど、
あんときは、まだその質問に答えたくなくて、
ヘッドホンの音楽を大音量にして聞こえないふりをした。

でも、今なら言える。
うん、ママに会いたいよ。
ずっと言いたかった。
でも言えなかった。
幼いながら父がいる前で、ママという言葉は言ってはいけないような気がしたから。

私もママに会いたいよ。
私は車窓から見える夕暮れに向かって、
そっとつぶやいた。

帰り道はトワイライト。
もうすぐ日が暮れる。
帰り道はトワイライト。
母への思いもほのかに薄くなる。

あの鱗粉をつけたまま、私は大人になった。
母に話したいことはたくさんあるけど、
もうかなうことはない。
けれど、ここで思うことはできるから、
そっと母に向かって祈る。

ママ、私トワイライトエクスプレスに乗って
私のおうちに帰るからね。

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