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輪舞曲 ~ジロンド⑩~

「それで?夫人は牢屋を出てくれる気になったかい?」
「いや、説得に行っているんだが・・・昨日も駄目だったよ。」
「何てことだ!もういよいよ時間が無くなってきているぞ!」
「私だって何とかしたいさ!あの方がいないと、我々ジロンド派は山岳派に太刀打ちできない!でも、肝心のあの方が牢から出てくれないことには何もできない。」
 部屋の中にいたひとたちは、小声で話し始めた。灯りが外に漏れないようにしているのか、部屋の中は薄暗くて誰がいるのかまでわからない。ただ、お母さまをよく知っているひとが集まっているのだろう。
「ジロンド派は議席も無くなってしまったから、ダントンの独裁政治になってしまうぞ!あいつの偏った考え方は危険すぎる!」
「ああ。だが、彼女にそのことを伝えても何も言わないんだ。前はあんなにもダントンを毛嫌いしていたというのに!それどころか、今はそういう時代なのね、くらいしか言わない。」
「革命を諦めたのか?まさか、そんな・・・!」
「ビュゾーは?あいつなら彼女を説得できるんじゃないか?」
「ああ、彼女もあいつの手紙は熱心に読んでいるし、よく返事も書いている。我々の知らないところで、何か知恵を授けているかもしれない。だが、ビュゾーにも逮捕状が出ているから、彼女を説得するためにパリに来ることは出来ないぞ。」
「次に彼女に会う時に、ビュゾーが会いたがっていると言って脱獄させるしかないんじゃないか。山岳派の連中が目を光らせているから、次に会うのが最後の機会かもしれない。」
「そうだな。でも、このところ彼女の動向は注目されているから、計画を伝えるのも難しいんじゃないか。」
「実はな、ジャンのところで良いものを見つけた。」
「何を?」
「人形だよ、ほら、ここにある。サロンに飾ってあっただろう?」
 そう言って、あたくしはテーブルの上に乗せられた。周りのひとたちが一斉にこちらを見たので、思わず叫びだしそうになった。みんなくたびれた服を着て、疲れたような顔をしていた。前のように、ぱりっとした服を着て、貴族のように振舞っている人は誰もいない。
「ああ、思い出した!懐かしいな。」
「この人形、ほら・・・。」
そう言って、あたくしの大きく膨らんだスカートを捲った。
「この下に隠すのさ。」
「ほう・・・いい考えだな。人形だったら、うまく看守も誤魔化せるんじゃないか。」
そう言うと、部屋の中にいた男のひとたちは、脱獄させる計画を夜遅くまで話し合っていた。

 お母さまのところへ行ったのは、次の日だったと思う。
 たくさんの人が見張っていて窮屈な感じかと思っていたけれど、意外にも見張りの人は少なかったし、他の牢も見ているようでずっと傍にいるわけではなかった。あたくしを袋に隠してくれた男のひとは、自分を新聞記者だと言って入れてもらっていた。あたくしたちの他にも見に来ている人はいて、牢の前で絵を描いている人までいた。
 牢の中は、たくさんの女の人がいた。みんな汚い服を着て汚い言葉でしゃべっていたわ。喧嘩をしているのか、言い合いになっている声も聞こえる。笑い声も、だれかを呼ぶ声も、すべてが聞いたこともないくらい大きかった。若い女性からおばあちゃんまで、年齢もいろいろだった。彼女たちがどうして捕まったのか分からないけれど、お母さまが生きていた世界とは違う人たちだということだけはわかった。
 あたくしは、必死でお母さまを探した。人が多すぎて、どこにいるのかよくわからなかい。誰かが牢の前に立つたび、何かよこせと大勢の女の人たちが話しかける。
「ジャンヌ!」と男の人が小さく呼ぶと、奥から人をかき分けて誰かがやってきた・・・お母さま!お母さまだわ!
「あら、来てくれたのね。」
 そう言ったお母さまの声は、前とちっとも変わらなかった。着ている服も汚れていて、髪の毛も前のように手入れされていないはずなのに、お母さまの瞳は濁ることなくまっすぐこちらを見ていた。
 お母さまは少し瘦せていたけれど、元気そうだった。あたくしは、目に焼き付けるようにじっと見つめる。
「ジャンヌ、気が変わったかい?正直、もう時間がないんだ。君は、そのうち牢を変わるだろう。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。貴人用の牢に入ってしまったら、監視の目も厳しくなってここから出られなくなるぞ。早く決断してくれ。」
「いいえ、わたくしの気持ちは変わらないわ。ここを動かない。」

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