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輪舞曲 ~ジロンド⑫~

 あたくしたちは、暗くて狭い隠れ家に戻って来た。相変わらず空気は湿っていて、酸っぱい匂いがしていた。
 あたくしは乱暴に机の上に置かれたあと、見向きもされなかった。集まってきたひとたちは、お母さまの様子を聞いて失望していた。お母さまに会いに行った男のひとは、お母さまが最後に渡してくれた紙のことは話さなかった。その代わり、あたくしをお嬢さまに返すことも忘れてしまったようだった。
 来る日も来る日も、あたくしは部屋の隅に置かれたままだった。誰かがやって来ても、誰もお母さまのことを教えてくれない。集まる人たちは、前と違って暗い顔をしてばかりいた。お母さまが言っていたとおり、革命とやらがうまくいっていないのかもしれない。
 「・・・が連行された」「・・・が処刑されたぞ」「・・・が・・・に逃亡した」、誰かがやって来て、ひっきりなしにそんなことばかり話している。国を良くするために頑張ろうと言うひとは、もう誰もいない。昨日まで誰かを追い落とそうとしていたひとたちが、次の日には命を狙われている。国を変えようと必死だった人たちは、今では自分の命を守るために必死になっていた。守るべき対象だった庶民はいつのまにか力をつけていて、今ではその顔色を窺わなくちゃいけないのでしょう。
 しばらくしてから、隠れ家を引き払うとか言って、部屋に置いてあった物が纏めて木箱に入れられた。誰かが処分するとか言っていたけれど、大切な書類があるかもしれないから、とりあえず隠すことにしようと話していたわ。
 あたくしが入っている箱は、馬車に乗せられたのかずっと揺れていた。誰がどこに運んでいるのかわからないくらい、隠れ家に集まっていたひとたちは慌てているようだった。あたくしはぼんやりと、この木箱が開けられる日が来るのだろうかと考えていた。
 どのくらい時間がたったのか分からないけれど、時々箱は持ち上げられたり動かされたりした。箱の隙間から明るい光が入ってくることもあったけれど、ほとんど真っ暗だった。もちろん、箱の外で何が起こっているかなんてわからなかったわ。最初は聞こえていた話し声も、いつの頃からか聞こえなくなっていた。
 
 どのくらいかは分からないけれど、長い時間がたったことだけはわかったわ。前は動かすことのできなかった手足が、動かせるようになっていたの。最初は静かにしていたけれど、誰も来ないからいいかなと思って箱から出たのよ。
 箱は、薄暗くて誰も来ない部屋に置かれていたわ。いろいろな物があって、掃除もされていないみたいだった。時々、遠くで話し声がするときもあったけれど、あたくしのいる部屋に入ってくることはなかったわ。
 部屋の周りは静かで、臭い匂いもしなかったし、乱暴な歌が聞こえてくることもなかったわ。窓から少し見えたのは、緑色の葉っぱをたくさんつけた木だった。
 部屋の中にあった木の馬のおもちゃを触ったり、大きな布を引っ張って見たり・・・あたくしは、毎日いろいろなことをしたの。部屋に積もった埃にみんな顔をしかめるけれど、誰かが動くたびにふわふわと舞う埃が光に当たってきらきらするのは綺麗だと思うわ。
 積み上げられた本のページをめくって、何て書かれているのか見ていたこともあったわ。字はちっとも読めないけれど、いつも真剣に本を読んでいたお父さま、お嬢さまに本を読んでいたお母さまの優しい声を思い出したの。
 お父さまやお母さまは、この本を読んだことがあったのかしら、面白いと思ったのかしら、そう思いながら本のページをめくっていったわ。
 季節は何度か変わったようだけれど、この部屋にお父さまやお嬢さまが来てくれることはなかったわ。ずっと待っていたけれど、誰も迎えに来てくれないの。
 ねぇ、あなた。お父さまやお母さま、お嬢さまはお元気かしら?あたくし、家族がどうなったのか知りたいわ。お母さまに会いたがっていたお嬢さまに、お母さまのことを早く教えてあげなくてはいけないわ。あたくし、ずっとずっと気になっていたの。ねぇ、あなた、教えてくださらない?


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