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脳みそいただきます物語
『脳喰い』
薄暗い部屋で、男は一人、テーブルに向かっていた。
テレビからはニュースキャスターの声が響いている。
「…都内で著名な専門家が次々と犠牲となる猟奇事件。警察は犯人の特定を急いでいます…」
男はニュースに目もくれず、目の前の皿に盛られたものをゆっくりと口に運んでいた。
それは、白く半透明で、かすかに揺れる、まるで豆腐のようなものだった。フォークで軽く押すと、ぷにゅりと形を変える。
男はそれを一口食べ、目を閉じた。
咀嚼する音だけが、静かな部屋に響く。
ニュースキャスターの声が続く。「…警察は、犯人が医学に関する高度な知識を持っている可能性が高いと見ています…」
そのころ警察署の捜査本部。
冴子と呼ばれる女性刑事が、ホワイトボードに貼られた被害者の写真を見つめている。
「被害者は皆、特定の分野の第一人者…そして、頭部の損傷…これは単なる猟奇殺人の域を超えているわ」
冴子の隣に立つ、剛と呼ばれる体格の良い刑事が首を傾げている。
「頭…っすか?おいらには全くわかりませんね。損傷ってどういう意味でしたっけ?」
冴子が「頭部に外傷があるということよ」と説明すると、剛は顎に手を当てて考え込み、「もしかして、頭痛持ちだったとか?」と的外れな推理を披露した。 冴子はやれやれとため息をつく。
アキラは食事を終え、大量の専門書に囲まれ、難しい数式を解いている。
「なるほど。…わかる、わかるぞ」
アキラは興奮して笑った。
しかし、ある箇所で手が止まる。
先ほどとは打って変わって険しい顔になった。
「やはりあの分野だけでは足りないかあ。もっとだ、もっと脳みそが必要だ」
アキラは険しい表情のまま、部屋の隅に置かれた古いノートパソコンを開いた。
「脳科学」「脳機能」「人間の潜在能力」といったキーワード。
次々と表示される論文や記事を高速で読み進めていく。しかし、彼の求める情報はなかなか見つからない。苛立ちが募り、キーボードを叩く音が大きくなる。
その時、画面に一つの記事が目に留まった。
「…世界的脳科学者、Dr.谷口、最新の研究成果を発表…」
記事には、学会で講演するDr.谷口の写真が掲載されていた。アキラの目が、写真に釘付けになる。
夜、アキラは黒いパーカーを目深にかぶり、人通りの少ない道を歩いていた。
目的地は、Dr.谷口が暮らす高級住宅街の一角にある豪邸。周囲を警戒しながら、塀を乗り越え、庭に侵入する。窓から漏れる明かりを頼りに、家の中の様子を窺う。Dr.谷口は書斎で何か書き物をしているようだ。
アキラは慎重に窓ガラスを割り、音を立てないように家の中に侵入する。廊下を歩き、書斎のドアの前まで来る。ドアの隙間から中を覗くと、Dr.谷口はまだ机に向かっていた。アキラは深呼吸をし、ドアを開けた。
Dr.谷口は突然の来訪者に驚き、振り返る。
「あなたは…?」
アキラは無言でDr.谷口に近づく。Dr.谷口は恐怖を感じ、後ずさりする。「一体、何の用だ…!」
アキラは何も答えず、懐から取り出したハンマーを高く振り上げた。
朝焼けが差し込む部屋。
アキラはテーブルに座り、朝食をとっている。
皿の上には、昨日と同じように、白く半透明でぷにぷにしたものが盛られている。
しかし、その量は昨日よりも明らかに多い。
アキラはそれをフォークで掬い、ゆっくりと口に運ぶ。
咀嚼する音だけが、静かな部屋に響く。
警察署。
冴子は被害者リストを睨みつけていた。
「やはり、繋がりがある…知識…脳…」
剛が大きなあくびをしながらやってくる。
「おはようございまーす!昨日のカレー、美味しかったっす!大盛りおかわりしちゃいました!」と、お腹をさすりながら満足げに言う。
冴子は呆れ顔で剛を見る。
「剛、事件よ。呑気にしてる場合じゃないわ。」
「え?あー、例の頭の事件っすか?おいら、頭使うの苦手なんすよねー」
冴子は頭を抱える。
「だから、あなたは足で稼ぐのよ!容疑者のアキラの家に行って、様子を見てきて」
「あいあいさー!」剛は元気よく敬礼し、署を飛び出していった。
アキラは研究に没頭していた。
数式を書き連ね、時折難しい専門用語を呟いている。
その時、玄関のドアを蹴破る音が響き渡った。
「警察だ!大人しくしろ!」
剛の怒号が部屋中に響き渡る。アキラは驚き、ペンを落とした。
剛は部屋に突入し、あたりを見回す。
「どこだ!?出てこい!」
しかし、アキラの姿が見当たらない。
剛は本を手に取った。奇妙な記号と数式の羅列。剛は首を傾げた。
「こりゃ…一体何語だ?」と呟きながら、ページをめくると、乾いたパンくずのようなものが挟まっているのを見つけた。
「ん?これ、もしかして…食べかす?犯人、お腹空いてたのかなー」
その時、背後から声がする。
「あのー誰ですか?」
振り返ると、アキラが立っていた。
剛は慌てて拳銃を構えるが、しかし銃口は剛自身の方を向いていた。
アキラは冷静に指摘する。
「あの、それ逆ですよ…」
剛は慌てて銃の向きを直そうとした瞬間、誤って発砲してしまう。
剛はよろめき、床に倒れた。
床に広がる赤い染みは、みるみるうちに大きくなっていく
「なんだこいつは?ほんとに警察か?」
しかしアキラは早いとこ、この家から退散を考えた。
そんな時、剛の死体に閃きを得た。
これから逃げ切るためには警察の知識が必要だと。
いつ追って来るかわからない。
アキラは床に膝をつき、剛の頭部に手を伸ばした。
素手でむしゃむしゃと。口元を真っ赤にしながら急いだ。
警察署の受付。
堂々と入ってくる人物がいた。
アキラだった。
受付の女性に、彼は目を輝かせ、無邪気な子供のような笑顔で言った。
「おいしかったので、おかわりください」
受付の女性は戸惑いながらも、奥に連絡しようとする。
その時、奥から冴子をはじめとする刑事たちが飛び出してきた。