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3× 第七話

赤沼はコップの水を勇助に頭からかけた。
目を覚ました勇助は、自分も十字架に縛られていることを瞬時に判断した。

「あなた」同じく十字架に縛れている好美が声をかけた。
「修理屋?何のマネだ?」威勢よく勇助は言う。

「さきほど、奥さんに説明したんで、省略させてもらっていいですか?」
赤沼はそういったが、面倒くさいけど仕方ないという表情で説明する。
「まあ、簡単に言いますと、DVの夫に罰を与えるということです」

「修理屋、ふざけてんじゃねーぞ。殺すぞ」
「いえ、殺すのは私です」素早く赤沼は勇助を制す。

異様な空気の中「助けてください」と好美が言った。

「まあ、奥さん落ちついて。私も悪魔ではありません。もしかしたら、どちらか生き残るチャンスがあるかも知れません」
赤沼がそう言うと「私でお願いします。何でもしますので」
好美に夫婦の絆はなかった。

赤沼はサイコロを手に取り、部屋の中央に置いた。

「サイコロぶっ刺しデスゲーム」

ルールを説明しよう。
サイコロには体の部分の名前が書いてあります。そのサイコロの出た部分に、赤沼が包丁を刺します。
これを交互にやります。
そして死んだら終了です。
しかし裏を返せば、頑張れば生きれるということです。
しかも、このサイコロにはセーフの目があります。
そのセーフが出たら、包丁は刺しません。

説明をし終わると好美は「絶対この人より生きるわ」とやる気と希望を見せた。
一方、勇助は「バカバカしい。俺はそんなもんやらねーぞ。それから修理屋、お前を殺す」と違うやる気見せた。

「困りましたね。ゲームをやらないとなると、お二人の首を絞めてお終いになりますけど、奥さんよろしいでしょうか?」赤沼は尋ねた。

「ちょっとあなたやりなさいよ」
「お前、何こいつの思い通りになってんだ」と勇助は呆れている。

「何言ってるの?このままだと2人とも死んじゃうでしょ?やればどちらか生き残れるのよ?」と好美は説得する。
「2人生き残る方法を考えようって言ってんだろ」と勇助は反論する。
「そんなもんあるわけない。いっつも、いっつも自分勝手で。私の意見は無視して。今日という今日は、私の言うことを聞いてもらいますから。修理屋さん、やるわよ」好美は決意を示した。

しかし勇助は「俺は、そんなサイコロなんて振らねーからね」と拒否した。

すると好美は提案した「じゃあ、その人の時は、修理屋さん、あなたが振って。私は自分で振る。それでどうかしら?」
赤沼は「わかりました、そうしましょう」と了承した。
勇助は「待て」と言い、赤沼に向かって怒りをぶつけた。
「ご主人、もう決まったことなんで。あなたが生き残れるように、私がいい目を出しますから」と赤沼は告げた。

もう何を言っても聞かないと勇助は悟った。
それで行くしかなかった。

赤沼はサイコロを前に出し、「ではどちらから?」と問いかけた。
好美は「あの人からよ」と答えた。
「じゃあ私が振るということですね。いいですね?」と赤沼は確認した。「勝手にしろ」と勇助は言い放った。

「じゃあ、いきますよ」
赤沼は宣言して、サイコロを振った。
ゆっくりと転がるサイコロに、勇助は平静を装ったが内心はバクバクだった。

【セーフ】

勇助は大きく息をついた。
「セーフ。凄いですね、ご主人。運がいいですよ。では次、奥さん」
赤沼はサイコロを、好美の縛られている手に渡した。

しかし、好美は投げない。
困った表情を浮かべ、もうすでに最初に威勢はなかった。

「どうしました?」と赤沼は言う。
「あのー、やっぱりやめませんか?」とひ弱に好美は答える。

「それはダメですよ。そしたらご主人の一投はなんだったんだってなりますからね」と赤沼のごもっともな意見が飛び出す。
続けて「じゃあ、代わりに私が投げましょう」か提案する。

「待って。やるわ」
流石に他人に任せたくない好美は息を整えて、サイコロを投げた。
コロコロと転がる。
こんなものに命をかけていいのだろうか?

【右もも】

好美は息が荒くなる。
赤沼はすぐさま、包丁を手にとり、好美の右ももに刺した。
「ぎゃー」

「さあ、どんどんいきましょう。ご主人の振りますよ」
赤沼は余韻を残さない。まだまだ序盤。こんなところで時間をかけたって面白くない。もっと後半が人間の本性が出ることを赤沼は知っているようだ。なのでさっさとサイコロを振る。

【左手】

赤沼は包丁を勇助の左手に刺した。
「うっっうー」

「いいですねー。ツイスターゲームみたいですね。さあ、奥さん、どうぞ」
好美は右ももを庇って少し内股になりながらサイコロを振った。

【腹】

「腹?」好美は思わず声が出た。
赤沼は包丁を好美の腹に刺した。
「いやーー」

「腹はちょっとまずいですよ」
見た目にも、血の出る量が他の部位に比べて多いのは明らかだった。
「は、早く…次」好美も危機感を覚えた。

「わかりました。では、ご主人の振りますよ」
「待て」ここで思わぬ勇助の声が入った。
「何ですか?時間を稼いで、奥さんを出血多量で死なそうなんてダメですよ」と赤沼の嫌味が。

「俺が振る」
勇助も赤沼に自分の命をかけるのが惜しくなったのだろう。
「…もう、だったら最初から振って下さいよー」と最初からこうなることはわかっていたように赤沼はサイコロを勇助に渡した。

勇助はひとつ息を吐き、振る。

【セーフ】

「よし」勇助のガッツポーズだった。
「これは凄いですね。ご主人、圧倒的リードです。さあ、奥さん頑張って」と赤沼はサイコロを渡す。

好美は祈る。
「お願い、セーフ、セーフ」そう願って好美はサイコロを投げた。
好美の願いは届かなかった。

【腹】
「また腹―」
赤沼の実況中継のアナウンサーのような声が響いた。
それとは対照的な好美の表情だった。

赤沼は実況中継の勢いのまま、包丁を腹に刺した。
二度目の腹は、好美に口から血を出させた。

「これは奥さん大丈夫ですか?」まるでエンタメの心配の仕方をする赤沼。
「はあ、はあ…」好美は何も言えない。
「まだ、生きてますね。では、次、4回戦目」と益々テンションが上がる赤沼だった。

赤沼は勇助にサイコロを渡しながら言う。
「ご主人は調子いいですからね。次はどうでしょう?」
勇助はサイコロを振った。

【右目】

「え?」
「はい、右目」赤沼は勇助の右目を躊躇なく刺した。
「ぎゃー」これには勇助も大声が出た。

「これは一気にピンチになりましたね。さあ、奥さん、勝負どころです」
赤沼は好美にサイコロを渡す。

「はあ、神様、どうか、どうか」
懇願だった。願いというより懇願。それくらいの好美の気合いがあった。
すると出る。

【セーフ】

「セーーーーーーフ」赤沼は盛り上げた。
「やったわ、やったー」好美は笑った。
作り笑顔ではなく、本当の笑顔というのは、怖い顔の部類に入るのだ。
それを好美の顔は証明した。

「これは逆転でしょうか?そろそろの終わりになるのか?5回戦目です」
勇助の方はぐったりしている。
赤沼は声をかける。
「ご主人、起きて下さい。サイコロ振れますか?私が振りますか?」
「貸せ。俺が、振る」と勇助は懸命に意識を保とうとしている。

「死ね、死ね、死ね…」好美の呪文が漂う。
その中で勇助はサイコロを振った。

【のど】

赤沼は冷静に言う。
「のどです。ご主人、おそらくあなたは終わりです。何かありますか?」
勇助は振り絞る。
「お前を殺す」

「わかりました」
赤沼は勇助ののどを切った。

勇助ののどから赤い噴水が噴き出した。
噴水が弱まると、勇助は動かなくなった。

「やった。死んだ、死んだ」
好美は子供に戻ったようにはしゃいだ。

そんな中、赤沼はサイコロを拾って好美に渡す。
「さあ、奥さん、ラストです」

「え?ちょっと待って。もう終わりでしょ?死んだでしょ?」

「ええ。ですからこれがラストです」

「話が違うわ!」好美は喜んだり今度は怒ったり忙しい。
赤沼の説明が入る。
「奥さんは後攻ですから、同じ回数やらないと不公平です。さあ、振って下さい」と好美にサイコロを渡す。
「早く」赤沼は迫る。

好美は不貞腐れながらサイコロを振る。いや、振ってしまった。願いも何もかけずに振ってしまった。
サイコロはここぞばかりにヤンチャに転がっている。
もう今さら好美の願いは届かなかった。

サイコロはテーブルの上で跳ね、転がり、そしてゆっくりと転がり続けた。その動きは、まるで運命を決める重大な瞬間を演出するかのように、遅く、意図的に感じられた。
サイコロの各面が光に反射し、一瞬ずつ異なる体の部分が浮かび上がる。

好美の息は止まり、自分の心臓の鼓動が耳に響くほどに聞こえた。
サイコロが最終的な位置を決める前の、そのわずかな瞬間に、部屋の中の全てが静止したかのようだった。

そして、サイコロが止まった。
その結果が、運命を決定づけた。

【頭】

「あと一歩だったのに。残念でした」赤沼の優しい笑顔があった。

「いや。お願い、やめてください」
これ以上ない命乞いをする好美。

赤沼は包丁を逆手に持って、ぎゅっと握り振り下ろした。
好美の頭に包丁が刺さった。

その瞬間、ガタンと物音がする。
その音がしたのは、押入れからだった。
少し隙間があった。あそこからこのゲームを見ていたのだろう。
最後、母親と目でも合ったのかな?
だからビックリして物音がなってしまったのかな?
そんな図星な考えをしながら、赤沼が一歩一歩押し入れに近づく。

そして赤沼は押入れを開けた。
「ここにいたのか、喜助君」赤沼の思った通りだった。

15歳の喜助は小刻みに震えていた。
「君のお父さんとお母さんは、悪い事をしたからああなったんだ。でも君は殺さないから安心して」

喜助は怯えながらも赤沼を睨んでいた。

「いい目してるね。…よし、おいで」


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