#11
クロエの粛清が終わると、セナは焚火モービルの後部座席に乗せられた。
『更生所で真っ当になって、また君と紅茶を楽しめることを祈っているよ』
去り際に放たれたレジーナの言葉が何度も反芻する。
頭の中で囁かれる度に、セナは奥歯が砕けそうなほどに噛み締める。
憎い。
憎い憎い憎い。
よくもクロエを……それも、あんな残酷な方法で。
肌に灯油をかけられ、じりじりと全身を燃やされる苦痛とは、どれほどのものなのだろうか。
醜く焼け爛れていくクロエを、ただ泣き叫んで見つめることしかできなかった。
モービルの後部座席から見える夜空に目を向ける。
かつての星々は、世の中に存在する違反者共に見えたものだが、今のセナには全て憎きレジーナの顔に見えた。
やがてモービルが停まる。
窓の景色は、『正常性規範法違反者更生所』と鉄錆に塗れた看板に、その奥は鉄製の重厚な檻が連なっていた。
無数の強制収監者たちが、その中に閉じ込められ、闇に飲まれていた。セナはそんな収監者たちを眺めながら固唾を飲み込む。
更生所だの再教育だの建前では言っているが、その実態は暴力、折檻によって無理やり考えを改めてさせているだけだ。
必ず──何年かかろうと、この場所で何をされようと、考えは変わらない。絶対に復讐してやる。
「──え?」
だが、セナのそんな考えは想像よりも早く、二発の銃声によって叶えられることとなった。
運転席と、セナの隣に座っていた二人の粛清者が、頭から血を流して生き絶える。
一瞬、何が起きたのかわからなかったが、助手席に座る男がガンフェルノを構えているのを見て、ようやく思考が追いつく。
そのまま自分も射殺されるかと思いきや「セナ」と名前を呼ばれる。
「僕だよ、分かる?」
「あなたは──」
それはかつて、セナと一緒にデートした男──リチャードだった。
相性は最悪そのもので、お互いが興に乗らず、そのまま別れてしまったのは、まだ記憶に新しい。
「今、手錠を外してやる」
「どうして──」
リチャードは肩をすくめて笑いながら、助手席から手を伸ばし手錠に鍵を差し込んだ。
「僕は、男好きなんだよ」
状況に反して、思わず笑いが込み上げた。
なんだ……この男も自分と同じだったのか、そんな安堵感。
がちゃり──手錠が膝下に落ちる。セナはすぐさま隣の死体からガンフェルノを奪い取る。
「クロエの仇を取るんだろう?僕も同じ考えだ」
「ということは、あなたもクロエ側の人間──?」
リチャードは「ああ」と頷く。
「だから、くれぐれも君のことが好きだとか、勘違いしないでくれよ」
「ご生憎様、あなたとの夜は二度とゴメンよ」
「こちらこそ」
二人で穏やかに笑い合う──その直後、共にモービルのドアを蹴って開けるとガンフェルノを構えた。
そのまま収監者たちの入れられた鉄格子にまで歩み寄る。
「待──ッ!」
門番が彼女たちの存在に気づき、ガンフェルノを構えようと時には、セナの手に握られたガンフェルノによって撃ち抜かれていた。
門番を葬った銃声により、彼女たちの存在に感付いた目線が一箇所に集まる。
セナの赤い瞳は、鉄格子の中に収監された人々に向く。
押し込められた人々の瞳が恐れに揺れる。銃口を向けると「ひっ」と、短い悲鳴が聞こえた。
一閃の銃声で鍵穴は粉々になり、火花が散る。破片が宙を舞い、鉄製の重厚な檻の扉がゆっくりと開いていく。
「行って」
収監者たちは短く頷くと、ぞろぞろと破壊された扉から出ていく。
「リチャード、後方をお願い」
リチャードは無言で頷き、セナと背中を合わせるように立つ。
セナの姿勢は身を屈めて門番のガンフェルノを拾い、前方に並ぶいくつもの鉄格子を見据えると、口元に不適な笑みを浮かべる。
「止ま──」
銃声を聞きつけた粛清者を撃ち抜き、セナは二丁のガンフェルノを握りしめて立ち上がる。
鉄格子の数、鍵の位置──把握。
セナはガンフェルノの握る手を両側に伸ばすと、姿勢を低くして走り出した。
銃口から放たれる銃弾は、的確に立ち並ぶ鉄格子の鍵を次々と弾き飛ばしていく。
「そこまでだ!セナ・フォスター!!」
前方から粛清者たちが彼女を取り囲むように立ち塞がる。
「武器を捨て──うぁっ!?」
セナは透かさず「Mode:Inferno」に切り替えると、トリガーを握りしめたまま一回転する。
ガンフェルノの炎は弧を描くように吐き出され、粛清者たちのコートジャケットに燃え移る。
火を消すために転がる粛清者に構う余裕もなく、前方から走ってくるモービルを見る。
セナは飛び上がって迫り来るモービルの窓の上に飛び乗ると、そのまま運転手に向けてガンフェルノを撃ち込む。ひび割れたフロントガラスを足で叩き割り、モービルに乗り込むと、一気にアクセルを踏んで走らせた。
片手でハンドル操作をしながら窓から顔を出し、残党を蹴散らしていく。
収監者たちの逃亡を確認した後、セナもレジーナのいる宮殿に向けてモービルを走らせた──。