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犬嫌いの夫に内緒で犬を飼ってみましたら

先日、朗読劇を観賞しました。

太宰治の「畜犬談」という短編小説です。

犬嫌いの主人公が、思いがけず犬を飼うことになるのですが、主人公はあいかわらず犬嫌い。

犬嫌いの主人公と犬のユーモラスな散歩に会場から笑い声がもれます。

ところが、犬はひどい皮膚の病気になってしまい、その姿を疎んじた主人公夫婦は犬の毒殺を企てますが…

太宰の時代と現在ではペットに対する考え方が随分と様変わりしましたが、それでも犬を飼っている人、これから飼おうとする人には、ぜひ読んでほしい作品です。

さて、犬を飼う前の私の夢は「犬と散歩をすること」でした。しかし、夫が大変な犬嫌いで犬を飼うことを反対していましたので、長らく叶わないままでした。

ところが、畜犬談の主人公のように思いがけず犬を飼うことになり、犬と散歩をしたいという夢が叶ったのです。

◇◇◇

地元のホームセンターに行ったときのことです。広いホームセンターの1番奥まった場所にあるペット売り場の狭いケージの中に、子犬とはいえない少し大きくなってしまった犬たちが集められていました。

4.、5匹の子たちが身を寄せあって横になっていたり、私に尻尾を振って来たり。

しばらくながめていますと、身を寄せ合っている犬たちの下から、もう1匹、成犬に近いように見えるのに手足が萎えたようにヒョロヒョロとした目と鼻ばかりが大きな犬が立ち上がり、私の方にやって来て、大きな瞳で無表情に見て来ました。

他の犬たちは好奇心に満ちた愛らしい目をしているのに、この子のそれには生きる力を感じられず、自らの運命を受け入れたように、静かな悲しみに満ちていました。

生まれて半年以上過ぎた犬は、どうなるのかと考えると、私まで悲しい気持ちになりました。

そして、自分でも考えられない早さで、その子を抱き上げて、店員さんに買いますと言いました。

家に連れて帰ってはじめて、夫になんと言おうかと考えたほど、その犬が一瞬で大好きになったのです。

あれだけ犬を嫌がっていた夫も、少しずつ犬の愛らしさを理解するようになり、半年経つと率先して散歩に連れて行きました。

あれだけ弱々しく、不健康そうだった姿は、みにくいアヒルの子が白鳥に育つように、すれ違う人が振り返るほど、美しい犬なり、悲しげだった表情も明るく陽気になりました。

犬との散歩は、思っていた通りとても楽しいものでした。小一時間、川沿いの遊歩道や、あちこちの公園を歩きました。

毎日歩いていると自ずと四季の移ろいを知りました。

また、犬を連れているとお年寄りから子どもまで、いろんな人から声をかけられます。そして犬を通じてお友達がたくさんできました。

犬の散歩ほどステキな時間はありません。

◇◇◇

年月は流れ、犬はたくさん歩けなくなりました。

とても好奇心が強く散歩が大好きな犬でしたから、歩けないのは悲しいだろうと、今では犬用のカートに乗せて、いつもの場所を散歩しています。

はじめは私の夢を叶えてくれたお礼にと思っていましたが、カートに乗った犬との散歩も、変わらず楽しい時間です。

いつもの公園に行くと、今でも元気だったころのいたずらっぽい目がよみがえるように思います。

そんな時、ここでたくさんボール遊びをしたねと、頭を撫でると、そうだね!と返事が返ってくるように感じます。

絹糸のような美しい毛に輝いていた若い頃にも増して、老犬になった今は互いに心が通じ合う、可愛く、愛らしい存在です。

さて、「畜犬談」は意外な結末に終わります。詳しくは、どうぞ小説をお読みください。

○2021年8月号に掲載。2024年12月16日で愛犬ラックがお空に渡って丸3年になりました。今でも、ラックとの散歩道を、お空のラックに話しかけながら歩いています。

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