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私が20年間務めた教師を辞めた理由

こんにちは。不登校・引きこもり専門カウンセラーの西村あかねです。
今日は、私が20年間務めた教師を辞めた理由をお伝えします。

私は2023年3月で20年間務めた教師を退職しました。高校の保健体育の教師で、授業はもちろんの事、部活動(バスケット)もバリバリ教えていました。

教師の仕事は、忙しくて大変でしたが、とてもやりがいのある仕事でした。子どもたちが日々成長していく姿を見るのは嬉しかったし、職場の仲間や、部活動関係での仲間、素敵な方々ばかりでした。今後もそのつながりは大切にしていきたいです。

さて、本題に入ります。なぜ、私が教師を辞めたか。私には3人の子どもがいます(中3、小6,小4)。3人ともとても繊細で、いわゆる繊細ちゃん(HSC)です。それゆえに、3人とも不登校傾向で、行き渋りや、別室登校をしています。

長女は、中でも人一倍繊細で、幼稚園の頃から登園拒否が強かったのですが、小学校は何とか通えていました。しかし、小学校4年生の頃、本格的な不登校が始まりました。それまでは、引っ張ってでも学校に連れていけましたが、小学校4年生になると、無理矢理抱っこしたり、引っ張っていくこともできません。

まさか、自分の子どもが学校に行けなくなるとは。目の前が真っ暗になったのを覚えています。

自分が教師だから余計に、「教師の子どもが不登校なんて、周りにどんな目で見られるのか」と、世間体ばかりを気にしていました。子どもの事を考えられていませんでした。最低ですね。

そして自分自身も、周囲に相談がし辛かったです。周りは毎日元気に学校に行っている子どものママさんばかり。少し話すと、かわいそうな目で見られる。

誰に相談していいか分からず、孤独感を感じていました。そして落ち込んだり、感情的になっているから、冷静な判断ができません。

「学校に行かなくてもいいよ」と子どもに伝えても、しばらくすると不安になって、「学校に行きなさい」と言ってみたり。

自分がブレブレでした。

今は、しっかりとした自分軸ができ、ブレることはありません。

ここまで来るのには、たくさんの専門機関に相談し、不登校についても勉強しました。そのお陰で、不登校に関する考え方が180度変わりました。

そんな自分の経験から、家族だけで抱え込んで苦しんでいるママさん達の力になれたらと強く思うようになりました。

教師は、出来ることが限られています。子どもとは深くかかわることが出来ても、家庭の仲間では深くは入っていけません。だから、教師のままでは、苦しんでいるママさんたちまでは救えない、そう思い、教師を辞めることにしました。

不登校、いいじゃない!「ポジティブ不登校」で、子どもの学生時代を乗り切りましょう!!

狭い世界で考えないで!世界は広いよ!!

西村あかね@発達障害・不登校専門カウンセラー
☆子どもとママの心と体にアプローチして不登校を解決☆

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