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反復論②ー青木野枝の場合(東京都庭園美術館「そこに光が降りてくる」展をみて)
東京都庭園美術館「そこに光が降りてくる」展を訪れて
先週の日曜日、東京都庭園美術館 で開催されていた展覧会 「そこに光が降りてくる」 の最終日に行ってきた。今回の展示では、青木野枝 さんと 三嶋りつ惠 さんの作品が並び、それぞれの作家の光や空間へのアプローチが際立っていた。
私は特に青木野枝さんの作品をメインに鑑賞しに行った。青木さんは1980年代から活躍する鉄の彫刻家であり、主に鉄板から円の形を溶断し、それらを溶接で接合した彫刻を作っている。以下はHPより引用。
鉄という重い素材を用いながらも、その作品は軽やかな浮遊感を放ち、まるで空間の中に描かれたドローイングのようだと評される。自然の働きを想わせるタイトルを作品に付すことも多く、その場に現れるインスタレーションを通して、変化や増殖といった生命感を呼び覚ます風景を立ち上げる。
彼女の制作過程には反復的な作業が多く含まれており、それが作品の大きな特徴の一つとなっている。展示会場では、彼女へのインタビュー動画が流れていた。私は数日前に「反復論」という記事を書いたこともあり、この動画での彼女の「反復」に対する発言を耳にしたことで、改めて彼女の制作における反復の意味や、作品に現れる反復的な特徴について整理してみたくなった。
青木野枝の場合ー制作と造形性
インタビュー動画において彼女は、
溶断作業における、高熱の熱によって鉄を溶かし出す作業について、「火を扱い、光が広がる作業が単純に楽しい」と語っている。「ただ円を切っているだけなんですけど」と述べる彼女の言葉には、反復的な作業の中にある楽しさや、シンプルな行為の積み重ねが何かとてつもない重要性を感じることができる。彼女の制作における「反復」とは単なる作業ではなく、素材との対話であり、このプロセスにおける喜びが制作の重要な要素になっているのではないだろうか。
彼女はあまり論理的に制作について語らないが、制作プロセスにおける火や光という素材の要素が作品における重要なプロセスを生み出している。
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例えば、2023年に市原湖畔美術館で制作された作品《光の柱》では、青木野枝は「自然の働きを想わせるタイトル」を付けることで、シンプルな造形に自然の壮大なイメージを与えているように感じられる。そして、この作品は「変化や増殖といった生命感を呼び覚ます」ものでもある。
彼女の造形は、円形の鉄を組み合わせてできる単純な構造から成り立っている。動画でも語られていたように、この円形は私たちに「生命的なもの」を感覚的に想起させる。彼女は霧や雪といった自然現象を例に挙げていたが、この反復が増殖的な生命感を生み出し、変化し続けるエネルギーを感じさせる。
鉄を溶かし出す溶断作業で生まれる光や火、そしてその中で培われる身体感覚は、彼女の作品を通して普遍的なイメージへと昇華されている。それは、素材そのものの力強さと、自然への共鳴が一体となった世界を私たちに示している。
作品における母性的なもの
青木野枝の作品は、しばしば巨大でありながら、私たちを包み込むような温かさを持つ。柔らかな円のフォルムが連なり、巨大な構造となることで、ときに柱のようにそびえ、ときに空間をつなぐ円環として現れる。私は彼女の作品に大してしばしば、大いなる母のような「力強い母性」を感じてきた。鉄という男性的な素材を用いながら、しなやかな曲線を生み出す彼女の表現は、対極的な要素の融合している。この「鉄の硬質さ」と「曲線の柔らかさ」のコントラストが、作品に独自の魅力を与えているし、フェミズム的な要素として興味深い。
では、この「力強い母性感」はどこから生まれるのだろう。
彼女のインタビューから、そのヒントが見えてくる。インタビューで彼女は「火を扱い、光が広がる作業が単純に楽しい」と語る。この生き生きとした反復のプロセスは、単なる作業ではなく、素材と向き合いながら形を育む「母性的な営み」ともいえる。
そして、溶断の過程では、光によって鉄を破壊し、同時に新たな形へと生まれ変わらせる。そこには、この世界の循環的なプロセス――破壊と再生、終わりと始まり――が暗示されている。
青木の作品に感じる「母性」は、単なるフォルムの優しさからくるものではない。制作の楽しさ、鉄の変容、反復の営みが結びつき、生命的なエネルギーを内包するからこそ、包み込むような存在感を生み出しているのだ。
それは、女性のアーティストが生み出されるプリミティブな造形性であるともいえるだろう。
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