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たのしいお菓子作り♡

お菓子作り♪お菓子作り♪あなたのためにお菓子作り♪

甲高い、可愛らしい女の歌声が聞こえる。リビングに寝そべった状態で右手を精一杯伸ばして、スピーカーの電源を切る。そのまま目をつぶって体の力を抜く。

あなたのためにお菓子作り、か。
可愛い。だけど、そんなの幻想だ。
黄色い液体に、小麦と甘ったるい粒を寿命が縮んでしまいそうなくらい放り込んで、ガシャガシャと泡立て器を動かす時、私の頭の半分は死ねで埋まっている。
死ね。死ね。死んで。誰にだ?わかんない。死ね。死ね。しね。ころす。あ、混ざってきた。ちょっと楽しい。ぐーるぐる。しーね。しね。

お菓子作りを覚えた時は、ただ純粋に楽しかった。小学3年生のころ、線香臭い祖母の家の押し入れを漁っていると、ショートケーキがでかでかと印刷されている色褪せたレシピ本を見つけた。
それで、祖母にせがんで一緒にシフォンケーキを作ったのが、確かはじめてだった。
ワクワクした。デパートで見たことのある立派な甘い塊を自分で作れるんだ。
ヤバ。たのしっ。
作ったケーキを母に見せると、すごく褒めてくれた。
「美味しい!」
「また作ってよ」
えへへ。ヤバ。たのしっ。
ぐーるぐる。楽しいな。今度はなにを作ろう。

それが変わったのはいつからだったろう。
高校2年生のとき、学校をサボりがちになった。最初は特に理由なんて無かったと思う。なんとなく、めんどくさかっただけ。
だけどそんなことを繰り返すうち、心配してくれる友達や先生に後ろめたさを感じてきて、それで、気まずくなって、そのままずるずる不登校になった。
13時を過ぎた頃にベッドを出てパジャマのまま母が用意した弁当を食べる。ユーフレットを開いてギターを弾く。飽きたらリビングのカーペットに寝そべる。そうやって、気づいたら外が暗くなってる。
ほとんど毎日がそんな感じだった。あーあ。今日も何もしなかったなあ。

そんな私に母は何も言わなかった。ただ毎日黙ってキッチンの上に弁当を置いていく。学校からも何日かに1度プリントが投函されるだけで、それ以上のことは無かった。
誰にも責められず何もしない1日を謳歌する。ごろごろ。だらだら。ジャカジャカ。ごろごろ……。












次第に死にたくなった。
「お前は何をしてるんだ。」「社会のゴミ」「みんなはちゃんと生きてるのに。」
一日中、耳の奥で言葉が響いている。
やめて。うるさい。死ね。死ね。死ね。
本当は、誰にもそんなことを言われたことはないのに。
心臓の動きがはやくなる。
うるさい。うるさい!!!
うるさい!!!!!!!!!!!!!



ある日、キッチンを見渡しても弁当箱が置いていない日があった。代わりにあったのは、ピカピカと光る500円玉が1枚。自分で買ってこいということか。めんどくさい。念のため冷蔵庫を確認する。すぐに食べられそうなものは無かったが卵と小麦粉があった。
だから、お菓子でも作ろうかと思った。

卵や小麦やその他いろいろをボウルに放り込んで、泡立て器を動かす。ガシャガシャ。ぐーるぐる。
楽しかった。
私はいま動いてるんだ。大丈夫。だってお菓子作ってる。この世界に何かを生み出してるんだぞ。お前ら全員黙れ。ぐーるぐる。ぐーるぐる。ころすぞ。まーぜまぜ。
170℃に熱されたオーブンに憎悪をぶち込んで火炙りにしたら、甘い匂いが部屋いっぱいに広がった。
出来上がったふわふわのそれを口に押し詰めて、飲み込む。優しい甘さが広がる。
うまっ。
耳の奥で騒ぐ声たちは、その時だけ聞こえなくなった。
結局、出席日数が足りなくなって、みんなが3年にあがるタイミングで私は高校をやめた。



カーペットの柔らかい感触が背中をなでている。そろそろ電気をつけようか。あ、お腹すいた。一昨日作ったシフォンケーキはもう全部食べちゃった。
今度は何を作ろうか。




ぐーるぐる。しーね。しね。

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