ごごしま音楽プール2023の記録(5)
# 1 ごごしま太鼓クラブ 「奏」
12:00ちょうど。ライブ開演を告げるチャイム鳴る。会場はプールサイドまで、約300席が埋まった。満員御礼。いよいよ演奏開始。オープニングアクトは、ごごしま太鼓クラブ 「奏」(かなで)。
興居島で「太鼓を打ちたい!」という気持ちにあふれる人たちが集った和太鼓チーム。最近は市内から船で渡って練習に参加するメンバーも。島に古くから受け継がれている「船踊り」のリズムを原曲としながら、かつて瀬戸内海で活躍した水軍の戦いを和太鼓で表現した「伊豫之國松山水軍太鼓」の曲を中心にレパートリーを広げている。
僕は太鼓クラブ「奏」の演奏を、楽屋で使っている教室の窓から聴かせてもらった。本当はお客さんに混じってプールにいたいのだけれど次が自分たちの出番なので仕方がない。太鼓の生音はプールからどどーん!と校舎の2階を震わす音圧で飛んでくる。「ごごしま音楽プール」にふさわしいオープニングだった。何より嬉しかったのは今年、晴れた空の下で「奏」のみんなに演奏してもらえたことだ。2019年に開催したごごプーでは天候が崩れ、途中から雨の中での演奏をお願いするかたちになってしまった。大切な太鼓を濡らしてしまうリスクを取らせてしまったこと、お客さんの出足もいまひとつ鈍かったこと、それを来年こそはリベンジ、と思っていたところにコロナの自粛期間が来てしまったこと。ずっと心残りだった。今年はパーフェクト。雨は1ミリも降ってない。虹だってある。プールも満員だ。
上の写真の右手校舎に楽屋がある。僕はそこで見せてもらいながら自分の出番を待っていたから「奏」のみなさんの表情まで知ることはできなかった。カメラマンの重岡さんが撮ってくれた写真たちを見て、みんなこんなにカッコよくて、こんなにいい顔をして、こんなに沢山の人たちがそれを聴いてくれていたんだと思うと、今でも胸がいっぱいになって涙が出そうになる。
# 2 アンチモン
そして、アンチモンの出番。ギターのテル、ボーカルが僕、リーダーのカンガルー。揃って愛媛で演奏するのは本当に久しぶりだった。お客さんの中かから「おかえり!」と声がする。ありがたい。1曲目「はじまりの歌」からスタート。
写真を見てびっくりされた方もいるかもしれないので説明しておくと、「アンチモン」のリーダーはカンガルーである。ツアーではいつも一緒に旅をする。歌うわけでもしゃべるわけでもないが、リーダーのカンガルーがメンバーの中でいちばんの人気者だ。今回もお客さんたちとたくさん写真を撮ってもらっていた。ちょっと羨ましい。
ひときわ楽しかったのは、ライブの定番曲「ミスターちんすこう」を演奏している時。この曲で僕は三線を弾きながら歌っているのだが、間奏の途中でそれを置き、スタッフの榎さんがステージ横から差し出してくれる沖縄のお菓子「ちんすこう」を客席に向かって投げる。手拍子するお客さんが僕の呼びかけに応えて「こっち!こっち!」と手を挙げ、笑い声が響き、会場が波立つ。コロナの自粛期間中は絶対にできなかったこと。
最後は興居島と松山を結ぶ2隻のフェリーのために書いたイメージソング、「しとらす」と「ミソラ」を演奏した(ともにタイトルは船の名前)。島民の方たちも静かに耳を傾けてくれているのを見て、あらためてこの歌を作ってよかったなと思った。温かい拍手の中、アンチモンの出番は終了。少しホッとした。ここからは観客になれる。楽屋でさっと着替えてプールの客席へ。
# 3 奇妙礼太郎
奇妙さんがごごプー出演OKとの知らせをもらった時は嬉しくて「やった!」と声が出た。去年の秋頃、奇妙さんのアルバム「たまらない予感」だけをずっと聴いていた時期があって。聴き始めると止めたりスキップしたりできないまま最後まで聴いて最初に戻ってまた聴いてしまう。とても惹かれた作品。
今回のライブではガットギターでの弾き語り。そっと歌い始めた声がプールの隅々まで沁みていく。僕はプールサイドの客席、一番後ろでそれを聴いた。お客さんが一瞬、しん、となってそこからぐっと体を前に乗り出し、奇妙さんに向かって集中する瞬間を見た。ぞわっ。心をつかまれてしまった。
リリースされ話題になった「散る 散る 満ちるfeat.菅田将暉」のソロ弾き語りバージョンも素敵だった。奇妙さんの歌は、誰かを決まった場所に連れていこうとはしない。歌詞から受け取る言葉の周辺を、自由に散策できる。そこがとても好きだ。そして人の持つ「声」の凄さを知る。同時に、自分は自分の声で歌うしかないのだな、ということを思う。
たまらなく楽しかったのはライブ後半、最新作の25周年記念アルバム「奇妙礼太郎」に収録されている「真夜中のランデブー」からの流れ。「お主も悪よのう」のコール&レスポンスをきっかけに客席がぐいぐい巻き込まれていく。「ほんまにおいしいお好み焼き」も最高。面白くて、グルーブしてて、色気があって。なんなんだろうこの人、って思った。最後は軽やかに、「いつのまにか猫」でふわっと着地。圧巻。本当に素晴らしいライブだった。
# 4 高野 寛
さっきまでプールに届いていた強めの日差しが、向かいの山に吸い込まれて薄い影をつくり始める。ここから、島はゆっくりと夕方へ向かう。会場も少し涼しくなった。「ごごしま音楽プール2023」もいよいよ終盤。マルシェを少し早めに切り上げた出店者の人たちもプールへとやってくる中、最後の出演者、高野 寛さんの登場。
高野さんとの出会いは、サントリー「GREEN DA・KA・RA」の仕事だった。当時、CMソング「グリーンダカラちゃんの歌」を僕が作詞・作曲した際にぜひ高野さんに歌ってほしいとお願いし快諾してくれたのがきっかけで、それ以来ほぼ12年のおつきあいになる。2016年に初めて「ごごしま音楽プール」を立ち上げた時、無理なお願いにもかかわらず気持ちよく出演してくださった。以後毎回ここ興居島で僕らの手作りフェスに素晴らしい音楽を届けてくれている。「ごごしま音楽プール」をともに8年間ずっと見守って来てくれた、スーパーミュージシャン。
高野さんがギターを弾いて歌い始めると、そこに風が吹く。柔らかな声と確かなテクニックに裏打ちされた余裕のあるギタープレイはとにかく心地がいい。聴くたびにいつも、興居島の空気にぴったりだなと思う。最高。
今回はとくに、親子連れのお客さんも多かったので、リズムで参加してもらう「おさるのナターシャ」なども織りまぜながらのステージ。手拍子をする人。シャボン玉を飛ばす人。リラックスしたムードでライブは進む。スタッフたちも一緒に盛り上がる。
そしておなじみのヒットナンバー「ベステン ダンク」。ドイツ語で最上級の感謝を意味する言葉。大好きなこの曲が今まで何度も歌われるのを聴いてきたけれど、この日の「ベステン ダンク」は特別だった。空は晴れている。みんなでかけた虹が見える。プールには満員のお客さんがいる。その顔は笑っている。そして音楽が溢れている。8年間、思い描いて来た1日は、きっと今日だと思った。感謝するべき事が、人が、偶然が、いくつも、いくつも浮かんでくる。何度言っても足りない気がした。ベステン ダンク。
大きな拍手の中で、高野さんが演奏を終える。ああ、もうすぐ今日が終わってしまうんだなと思った。あとは、出演者みんなでのセッションを残すだけだ。高野さんに招かれ、もう一度ステージへ向かった。
(つづく)
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