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インプットの質と量


インプットとアウトプットのバランス

インプットとアウトプットのバランスについて書かれた本を最近よく見かける。内容を掻い摘むとこうだ。

インプットばかりになってしまわないようアウトプット前提でインプットをしましょう。インプットとアウトプットは表裏一体です。

みたいな話だ。これで本一冊分のお金が浮いたので、そのお金を僕に寄付してくれたらいい(冗談です)。

よしわかった、アウトプットも大事なんだな。じゃあアウトプットベースでインプットするぞ!……となって行動しようとしている、または進行形の人は待ってほしい。

その先にあるインプットの質と量のバランスについて書かれている本はあっただろうか?


1日は24時間である

当たり前だが、1日は24時間だ。そしてその24時間の内、インプットに費やせる時間は決められている。ではその時間内に入れるインプットの量を増やすとどうなるか?

つまり、量を増やすほど一つ一つの質は低下していくという話だ。

エビングハウスの忘却曲線という有名なグラフがある。暗記しようと憶えた事柄が1時間、2時間と経つうちにどんどん忘れていき、24時間もすれば2/3忘れてしまうというものを示している。

ここで言いたいことは、そうならないよう、定着するまで繰り返し学習、もしくはアウトプットが必要ということだ。

また、ある事柄を習慣化しようとしたら定着するまで3週間掛かるともいわれている(事柄の内容にもよるので、あくまで参考値だが)。

そう考えると、日々大量のインプットを行い続けると、頭の中に収まりきれず、吐いてしまう。人の許容範囲やスタミナによってどの程度かは異なるので、ある意味吐くまでやって限界を知るのも一つの手かもしれない。

ちなみに僕の今年のテーマは習慣化であり、毎日出勤時に本を読んで、ラジオを聴いて、帰ってからは洋書を翻訳して、名作と呼ばれる映画を観て……のような、新しい習慣をここ2ヶ月続けて行っていた。

結果、読書やラジオなどの行為自体は習慣として定着したものの、未曾有のインプットの波に襲われてしまい、手元には「やった感」という残り滓しかなかった。


集中力≠中毒

話は変わるが、僕はアニメやマンガが好きで、時々みているのだが、一度みはじめると最新話か最終話まで一気にみてしまう癖がある。このことから、自分は好きな事には時間問わず集中力があるのだと思っていた。

しかし、それはただ単に中毒になって抜けられないだけだと気付くのに20年以上掛かった。つまり、最近気付いたのである。

思えば1時間、2時間と見続けていると、シーンやセリフが断片的にしか残っておらず、しまいにはページをパラパラとめくってしまったり、何秒かスキップしたりと、今思えば確実に集中力が欠けてしまっている。

けど、その最中には気付かない。何故なら中毒状態にあるからだ。

インプットの話に戻るが、上のアニメ・マンガと同様に、インプットをし続けること自体に重きを置き、その結果、インプット中毒になっていたのかもしれない。

もしこれを読んだ方に心当たりがあれば、気を付けてほしい。手段に満足し、スイッチを押し続けているサルと同じになっているということを。


気付いたその時は

自分の胸に手を当てて、深呼吸を1分程行い、一旦その行為から離れることをお勧めします。そしてインプットの量の調整を行ってください。

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