告白
若林くんははやく逃げたかった。だって臭かったからだ。異様に臭い。ちょっと鼻がやられてひん曲がるくらいだ。どうしようもない臭さだった。
しかしこの臭さがどこから漂ってきているのかは分からなかった。いや、嘘だ。分かっている。若林くんのティーシャツからだった。それは明確だった。
ティーシャツが臭いことは知っていたが、いや、大丈夫じゃね、と思って着ていた。小林さんに指摘されるまでは……。ティーシャツの臭さは実際大丈夫ではなかったのだ。みんな臭いと思っていたけれど、指摘できなかったのだ。しかし小林さんは偉かった。唯一若林くんのティーシャツの臭さを指摘したのだ。
若林くんだって一か八かで、大丈夫、と思い着ていたのに……。まさか指摘されるとは……。まさか本当に臭かったとは……。薄々臭いとは気づいていたのだ。いや、まあ臭いよな、と。しかしだ。しかし指摘されると凹むな。自分だけが臭いと思っていたことが他人も臭いって思っててそれを指摘したらもう絶対臭いじゃん。百パーセント臭いじゃん。間違いないじゃん。
なんとか自分だけの問題にしてたのに明るみに出ちゃったじゃん。自分はもう臭い奴じゃん。いや、みんな臭いと思ってたけどいわなかっただけじゃん。でも、いわなかったら明るみに出ない訳で大丈夫だったんじゃない?臭くなかったんじゃない?いったから臭くなったんじゃない?小林さんのせいじゃない?
自分から「ぼく臭いよね?」っていうのはいいけど、他人から「臭いよ」っていわれるのはキツくない。違くない。違わんかあ。いや、自分から「ぼく臭いよね」っていいたかったし。他人に指摘されるくらいなら自分からいいたかったし。だって臭いって思ってたんだから。でももしかしたらいけるんじゃね。なんとか隠し通せるんじゃね、って思ったのがいけなかった。駄目じゃん。やっぱ隠せんかったかあ。漏れ出てましたよね。やっぱり臭いって漂いますよね。ああー、なんで生乾きのティーシャツ着てきちゃったんだろ。生乾きだけどなんとかいけるんじゃねと思ったからだよ!いけるときあるっしょ!いや今まで何回も生乾きのティーシャツでいったことあるけど、大丈夫だったよ。大丈夫なはずだったよ。もしかしてみんな臭かったけどいえなかっただけ?本当は臭かったの?
バレたかー。五十回くらい生乾きのティーシャツ着ていってたけど、とうとうバレたかー。実際いつバレたんだ?小林さんに五十回目にして指摘されたけど、五十回目に気づかれたのか、前から知ってたけどいえなかったのか……。みんなずっと臭いの我慢してたのかなあ。一回目でいってよ。いってくれなきゃ大丈夫思うし。
「若林くん。ちょっといいたいことがあるんだけど、放課後時間ある?」
小林さんはこんなふうに声をかけてきた。実はドキドキしていた。若林くんは小林さんのことが好きだった。放課後に呼び出されるなんて、もしかして告白されるのかと思っていたから、有頂天になっていた。マジか!マジで小林さんに放課後に二人きりになれるなんて!これは絶対告白やろ!
小林さんに呼び出しをされていたので、もう放課後までそわそわして授業どころじゃなくて記憶がなんにもなかった。ティーシャツの臭さなんて全く頭になかった。
小林さんには放課後の教室にきてといわれていた。いやー、放課後の教室で告白かあ。照れるなあ。青春やないかい。
もう若林くんはうっきうきで鼻歌交じりにスキップなんかしちゃって放課後の教室にいった。放課後の教室には西陽に照らされ光っている小林さんがいた。神々しかった。美しかった。
「小林さん!わざわざ呼び出してくれてどうしたんですか?」
「……若林くん、あの……」くるぞくるぞ「……その……」もじもじしている「……く、く、臭いです!!!!」
え?!いや?あの!え!?……臭い……!?
「……そんなあ……」若林くんはなんとか絞り出した。
「それでは」
え、いやいやいや、そんなあー……
若林くんは西陽の差す甘酸っぱい教室にぽつねんと取り残された。どことなしかティーシャツから生乾きの臭いがツンとした。臭っ!自分でも驚いていってしまった。
それ以来若林くんはお母さんに「しっかり乾かしてよ!」と怒った。でもお母さんはなかなかしっかり乾かしてくれなかった。「じゃあ、あんたが洗濯しなさい」といった。「じゃあ、もうぼくやるからいいよ!」若林くんは若林家の洗濯担当となり、絶対に生乾きの臭いティーシャツにしないよう努力しました。その結果、金輪際生乾きの臭いティーシャツを着なくなり、生乾き臭撲滅に成功しました。ちょっといい柔軟剤を使い、干す時間を長くしました。取り込むときに必ず臭いをチェックし臭くないか嗅ぎました。臭かったらまだ取り込まず干します。臭くなかったら取り込みます。
これでもう若林くんは臭いと思われなくなったはずです。小林さんにも臭いといわれなくなりました。
そんなときまた小林さんに「放課後時間ある?」と放課後の教室に呼び出されました。若林くんは、うわー、駄目かー、また臭いっていわれるのかーと不安になってしまいました。めっちゃ努力してティーシャツの生乾き臭撲滅したのに、駄目だったかあ……やっちゃったかあ……。くんくん、でも臭くないはずなのに……
これはもう、終わったな、どんよりとした気持ちで放課後の教室にゆきました。天気までもが土砂降りです。最悪や……。
ガラガラと引き戸を引くと小林さんがいました。いやー気まずいなあ。
「小林さん、ぼく、臭いよね……?」
「え!?臭くないよ」
「え?臭くない?臭いから呼び出したんじゃないの?」
「違うよ。もう全然臭くないよ。私が臭いっていって、若林くん臭くなくなったよ。若林くんの努力凄いなと思って。あれ程臭かったのに全く臭くないんだよ。凄過ぎるよ。努力が凄い。私尊敬しちゃって。好きです。つき合ってください」