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わが青春の『大同書院』

高校を卒業するまでの世界感っていうのは、
半径7~8キロメートル程度で発生する、
様々な事象でできあがっているものなんでしょうね。
自宅と学校を往復する毎日。
いつもの風景、いつもの仲間、昨日と変わらない会話。
それが田舎であろうと、都会であろうと・・・。

その限定された
生活空間、コミュニティーに抑え込まれた焦燥感を
尾崎豊が、リアルに代弁してくれていました。
そこから離脱するための動機付けを
浜田省吾は、挑発するがごとく叫び続けてくれました。

轟音をたてて、新幹線が目の前を走り去っても、
見えなくなるまで続く、頭上の高速道路を見上げても
それが、遥か遠くへと続いているものだと
考えたこともありませんでした。

卒業と同時に、足場の悪い傾斜地に立っているような、
浪人生活が始まりました。
何処にも所属していないということが、
こんなにも不安なことだと、初めて知りました。
小さなコミュニティーで描き続けた
パステルカラーの世界感は、
驚くぐらいのスピードで消えてしまい、
真っ白ではない、
黄ばんだキャンバスが残っていました。

かりそめの所属先として選んだ、
本屋さんでのアルバイト。
大阪駅前ビルの一角にある、小さな書店は
ビジネスマンやOL、学生たちが集まる繁忙店でした。
ひっきりなしに入荷する、様々なジャンルの書籍の波。
難しそうな新書、流行作家の単行本、少年週刊誌、
週刊誌、ファッション紙、ちょっとエッチな雑誌、
とてもエッチな本、マニアしか興味を持てない本。
意外な人が、意外な趣味や嗜好の本を購入していく。
普通の人たちの裏の・・・。
人間の内面を垣間見る、貴重な経験でもありました。

町の本屋さんの仕事は、
来客のレジ打ちだけじゃありません。
搬入された書籍の開梱、と入替作業。
売上スリップ(短冊)での在庫補充などなど・・・。

なかでも夕方からの配達は、
私の密かな楽しみのひとつ。
誰もが知っている、会社のビル。
興味津々、キョロキョロしながら
お得意さんの部長さんの席に、新刊書籍を配達する。

時代はバブル前夜、
昼間の戦士、ビジネスマンは
情報に飢えていた時代だったのかもしれません。

宵闇頃になると、配達先が変わります。
大企業のビジンスマンが読んでいるものと
全く同じ、新刊書籍を抱えて向かうのは夜の街、
開店前の北野新地のクラブへ急ぎます。

綺麗なお姉さんが、着飾って接待するという
高級クラブ。
18歳の若造には縁もゆかりもない場所です。
開店前とはいえ、興味津々、キョロキョロしながら
入店して新刊書籍を配達します。

あたりまえのように新聞3紙に目を通し、
書籍でお客さんのレベルに合うよう勉強するのだと。

夜の世界の女戦士たちも、
生きるため、勝ち上がるために必死だと知りました。

配達する書籍は、主にビジネス書や企業小説。
実のところ、
本の選定はお客さんではなく、店主がしていました。
顧客名と購入記録がびっしりと記入された
「大福帳」と呼ばれる分厚くて黒いノート。
それは、現在で言えば顧客名簿であり個人情報。

読んでくれそうな本は、予め発注して
間髪入れず配達する。
配達のたび、私は「押し売りしているんだ」という
うしろめたさを抱えながら
自転車にまたがっていました。
ところが、今となっては
『amazon』的発想の先をいっていた、
商売のやりかた。
店主がいつも言っていた「三方良し」。
この意味も、後になって理解できた言葉です。

何かに所属したくて、選んだ町の小さな本屋さん。
社会の片隅、
広さ10坪に満たない店舗が見せてくれた風景、
そこで経験したすべてが、
興味深くて、色あざやかに残っています。

新幹線は、いつか自分が活躍できる場所へ
連れて行ってくれる乗り物に、
高速道路は、まだ出会えていない
縁ある人の笑顔へと誘っている
道のように思えるようになりました。

きまぐれで手にした一冊の書籍との出会い、
たった一つのフレーズが
人生の糧になったりします。
本にはそんな魔力もあります。

私にとっては、本屋さんそのものが
好奇心の扉を開いてくれた場所。
作家、作品、そこで働く人、そこに集まる人・・・。
時代、世代、空間を越えて交差する場所、
それが書店なのです。
町の本屋さんが、どんどん少なくなってきました。

残念ながら、
このお話のお店は、とっくの昔になくなっています。

大阪駅前第4ビル1F『大同書院』。
その後の私の人生に大きな影響を残してくれた、
大切なお店の名前です。



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