短編小説「オレンジの灯りの下で」
私は会社の上司との付き合いで、夜遅くまで食事をしていた。私が家に帰ったときには明かりは付いていなかった。
「ただいま」
もちろん返事はない。妻と娘は寝ているのだ。起こさないように静かに明かりを付けず、リビングに入った。
私は常夜灯を付けた。歳をとったせいもあって目が慣れるのに時間がかかった。しかし、慣れてもはっきりとは見えない。
ゆっくりとテーブルや本棚に触れながらソファに進んでいた時だ。
「痛っ」
何かを踏んでしまったようだ。足で感触を確かめると、小さなかけらのようなものがたくさんあることがわかった。
目を凝らして見ると、それはジグソーパズルだった。私はそれが、娘が作っていたジグソーパズルで完成間近だったことを思い出した。
「やってしまった・・・」
思わず声が出た。変な汗までかいてしまった。私はすぐに崩れてしまったジグソーパズルを集めた。幸い、ある程度はまっているピースもあった。しかしバラバラなピースは多い。
私は常夜灯の明るさで我慢して組み立てようとした。下手に電気をつけてしまえば娘が起きてくるかもしれない。
私は見本を探した。ところが、見本が見当たらない。娘が持っているのか。困った。枠組みとなるピースから取り掛かり、まとまったピースを手がかりにした。
出来上がっているピースを並べて見た。どうやら全体の下の部分はある程度出来上がっていた。人の足のようなものが正面に向かって並んでいるように見える。
私はピンときた。
これは家族の絵だ。何かの家族の記念写真に間違いない。少しだけ希望が見えた。もしかしたら元通りにできるかもしれない。しかし、完成図がわかったところで、見本がなければ元通りにするのは難しい。どうしてもピースが合わない。私は半ば諦めていた。ピースを合わせる手を止めていた。後で娘に謝れば済むことではないか。
しかし、家族か。私は未完成のパズルを見つめた。このところ娘と話すことが少なくなった。
娘は今年から中学生になった。勉強と部活で忙しいらしい。思春期のせいか、一人の時間を過ごすことが多くなった。私はそれを気にしなかった。いや、気にしていないふりをした。
娘と話さなくなったことを仕事が忙しい、思春期だから、といろいろ理由を見つけては自分を納得させていた。私の方が娘から離れていったのかもしれない。
だからこそ、娘に何かできることはないか。私にはパズルを元通りにすることしか今はできない。私は、再びパズルに手を伸ばした。
いつの間にか、朝日がカーテンの隙間から溢れていた。パズルは全然直らない。
その時だ。誰かがリビングに入ってきた。
「あ、お父さん。おはよう」
娘だ。私は慌ててパズルを体で隠した
「帰ってたんだ。」
「た、ただいま。どうした、こんな朝早くに」
「え?朝練があるから起きたんだけど。お父さんも出勤?」
違う。パズルに集中していて着替えていないだけだ。さて、どうやって娘に説明しようか。
「私、そこにジグソーパズルやりかけのままにしちゃってたんだけど、もしかして見ちゃった?」
娘のほうからパズルの話をしてきた。
私は素直になることを決めた。
「ごめん、崩しちゃった」
未完成のパズルを娘に見せた。
「そっか。いいよ、平気」
やはり怒っているだろうか。
「本当は今日の夜渡そうと思ったけど、もういいや」
何のことだ?
「家族で撮った写真をパズルにしてもらってたの」
娘から一枚の写真を渡された。それは正月に撮った記念写真だった。パズルの見本だ。
「今日は父の日だから、このパズルを渡そうと思ってたの。お父さん、いつもありがとう」
私は呆気にとられた。そうか、今日は父の日か。私のために何日も前から…。
「お父さんが会社から帰ったら一緒に作ろうよ」
今日は早く帰ると決めた。
完