[絵本] 小さな火
真っ白な雪の森の中
お月様の微笑みも遠くにあり
森の中には届くことはありません
どこもかしこも静まり返って
昼間は賑やかだった森も鋼色の冷たさが当たりを冷やすのです
そんな夜更けに、森の中を静かに照らす者
ふらふらと
そして、ぼんやりとうつらうつらとした足取りで辺りを一人ぼっちで歩く小さな火
こんな夜更けに小さな火が出歩くのは今日が満月だから
小さな火はお月さまの微笑みを見ようと森の1番小高い場所を目指し歩くのです
「どうしてだろうか…どうしたってお月さまが顔を出す日には僕はこうして会いにいかなければ気が済まない
懐かしいような、嬉しいような、落ち着くような
そんな気がするんだ」
そんな事をひとりいつもの様に考えながら小さな火は満月の元に向かうのです
今年は雪が多く冬の寒さはいつもの何倍も身に染みるようで
小さな火がひとり暮らす小さな雨風を凌げる洞穴の先で鹿や小鳥、山猫たちが
朝になるとまだかまだかと小さな火が起きてくるのを待ち構えています
ぼんやり目で洞穴からできてきた小さな火に、山猫はこう言いました
「今日は一段と寒い、早く
早く僕たちをあっためておくれよ」と言い
皆で円になり小さな火を囲み始めました
「いいよ」とそう小さな火は恥ずかしそうに呟くと
小さな火を囲む皆を温めるように、強く燃えて見せました
「あったかい…。君がいると冬も嫌じゃなくなるね」
小鳥がそう言い
「君は寒くないだろうから、羨ましいよ」と山猫も言いました
少し誇らしげにえっへんと鼻を高くした小さな火は嬉しそうにより一層強く燃えたのです
「こんな僕も冬はみんなが必要としてくれる。だから僕は冬が好きなんだ」と心の中で呟きながら
冬の日
冬の間、皆とこうして過ごした小さな火も
春になり
夏になり
木々が青く染まり出す頃には、小さな洞穴で過ごすことが多くなりました
いつもの様に洞穴の外に出かけると
皆が揃ってこう言います
「どうか、転ばないでおくれよ」
「どうか、あまり近づきすぎないでおくれ
夏は君がいると僕たちの毛が燃えてしまう
だからどうか、あまりこちらには来ないでおくれ」と
そんな風に言われてしまうから
夏になると小さな火はひとり洞穴で、それはそれは長い時間眠って過ごすのです
「冬になれば、みんな僕を必要としてくれるから…
夏の間は眠れば過ぎていくんだ
だから、僕は冬を待つんだよ」
そう胸に少しの悲しみをしまい込んで
深い深い先の見えない眠りにつくのです
赤い森
ある日の事
洞穴の外で騒がしい叫び声が聞こえます
大きな大きなドタドタとした足音も
何事かと小さな火が目を覚まし洞穴から外に出てみると
辺りは真っ赤に染まり
大きな大きな火に包まれていました
森に住む動物たちは、急足でどこかに逃げて行きます
小さな火を見つけた猪が怒った顔でこう言いました
「なんてことをしてくれたんだ!僕たちの森を燃やしてしまうなんて
いつかこうなると思っていたよ!」と
リスはぷんと怒ったそぶりで鼻を外側に向けると、何も言わずに小さな火に見向きもせず走って逃げてきました
「僕、何もしていないのに…」
囂々と燃える森を後に小さな洞穴に戻り
ひとり涙を流し小さな火はその火をより一層小さくして蹲りました
「僕がここにたら、いずれそうなっていたのかな?
やっぱり僕はみんなの森を燃やしてしまうの…」
ー僕はここにいちゃいけないのかもしれない…ー
そうだ、ここを出てここではないどこかに行こう
そう思い立った小さな火は歩き出し
燃え盛る火を潜り抜け
森を後にし
行くあてもなく歩き出しました
「さようなら、せめてお別れを言いたかったけど…
みんなどうか無事で
そして元気で」
自分を探す旅
どれくらい歩いたのでしょうか
もうかれこれ3日ほどは、歩いたのかもしれません
小さな火は、少し休もうと石の上で眠りにつくと
こんなことを考えたのです
「僕でも安心して燃えていられる場所があるのかな…
お月さまなら知っているのかな」
「もしも、そんな場所があるとしたら
僕は僕でいられるのかもしれない」
「どこに行けばそんな場所があるのか分からないけど探してみよう
僕の居場所を」
随分と長く落ち込んでいた小さな火もこんなことを考えてから少し元気が出て
歩く足取りも心なしか軽やかになって行きます
たんたんと
ずんずんと
ぼくの居場所を探して
どんどんと
ぐんぐんと
胸を鳴らして
そんな場所がきっとぼくを待っている
歌を歌い
時々、みんなことを思い出しながら
小さな火はどこまでもどこまでも歩き続けます
消える
それからいく日が経ち長い長い雨の日が小さな火の行手を塞ぎました
突然、降り出した雨に
咄嗟に入った木の影で小さな火は動けなくなってしまったのです
「いつもの洞穴なら雨を凌げたのに…
どうしよう…
ぼく、このまま消えてしまうの?」
小さな火の炎は次第に弱くなり
今にも消えてしまいそうなほどぐったりとしています
「ぼくの居場所を見つけないと行けないのに!ここで消えてしまうわけにはいかないんだ!」
最後の力を振り絞り
小さな火は辺りを真っ赤に染めるまで強く強く燃えました
それはそれは大きな火
空にも届きそうなほどに
最後の力を振りぼってしまった小さな火にもう力は残っていません
すーっと消えて行く小さな小さな炎
それをどこからか見つけた金色の腕が小さな火を囲み包み込みました
今にも消えてしまいそうな小さな火を抱えて
金色の腕は空高く登って行きます
そしてふわっと空に持ち上げこう言いました
「おかえり」
金色の腕はお月さまの腕でした
お月さまはぐったりとした小さな火に
「やっと見つけた
やっと帰ってきた」
と嬉しそうに夜空に放つと小さな火は星になり
それまで消えそうだった炎をもう一度燃え上がらせて
煌々と輝き出しました
星になった小さな火にもう言葉はありません
でも、きっとこう言っている事でしょう
「やっと、帰って来れた」と
それは、光を見れば分かること
もう、無理をして燃えることも
小さく小さくなることも
隠れ眠りにつく事もありません
森は今日も静か
何も変わらずに
きっと小さな火のことも誰も覚えていないかもしれません
ーでも、時々はぼくのことを思い出してくれるといいなー
そんな風に輝きながら
小さな火はみんなを遠くで見守っているのでした
さようなら、こんにちは
森はまた冬が来て
寒さは今年も一段と強く
それでも、なぜか明るいのはお月さまの隣に小さな星が大きな光で辺りを照らしているからかもしれません
えっへんと今度こそ心底誇らしそうに輝いて
もしも、迷子の小さな火が森を彷徨っていたら
どうかみんなお月さまに教えてあげて
お家に返してあげないと行けないからね
きっと、まだどこかに迷子の小さな火がいるのかもしれないから…
この絵本は承認欲求と、自分の居場所について書いた作品です
承認されることを求めるよりも、大切なことは自分の輝ける場所を見つけることだと
そう思っています
自分自身で力を振り絞り、自分の本当の輝きを見つけること
それは簡単なことではありませんが
時にそんな人には、どこからかこの作品に登場したお月さまのような助けも来るものです
自分自身が輝ける場所に向かう道のりはとても苦しいことの連続ですが
それは自分自身を磨く術となるもの
だからこそ、諦めずに進んできたいと私自身にも言い聞かせるように書いた作品です
挿絵を描くことが今から楽しみなるような作品になりました
小さな火の様に居場所を見つけられます様にと
そんな事を思いながら
akaiki×shiroimi