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徳川天一坊俥読みレポート 初日

神田伯山、神田阿久鯉、神田春陽による徳川天一坊俥読みが開幕した。新春連続読みは二度行ったが俥読みは初めて行く。月曜から金曜の五日間で会社員には過酷なスケジュールなのだが、この特別なお祭りを全力で楽しみたいと思う。客席五百名に対しパンフレットが三百冊とのことで買えなかったから、自力であらすじをまとめつつ感想を記していきたい。がんばるぞ。

大久保彦左衛門 将棋のご意見

開口一番は青之丞による一席。家光の家臣である大久保彦左衛門が、将棋を指しながら家光に諫言するという話。確か以前にもイイノホールでこの演目をやっていたと思うが、心なしか前より落ち着きが備わっているし、抑揚が増して聴きやすく面白かった。今日は比較的前の方の席だったのでよく見えて、口の周りの筋肉から喉元にかけての使い方が師匠に似ている気がした。張扇が湾曲していて努力の跡が伺えた。

「名君と名奉行」伯山

名君は徳川吉宗、名奉行は大岡越前守のことである。縁起の悪い生まれから捨て子にされた源六郎は十八歳の大晦日に乳母から実は自分は徳川光貞の四男であることを知らされる。自らの血筋を知ってしまったが最後、地位を利用して好き勝手に振る舞うようになる。漁師を見つけて禁漁の海で漁をさせていると役人が咎めに来るが、威張り散らして追い払ってしまう。最後には大勢の役人に捕まると、白洲で大岡の面前へと引っ立てられる。大岡は源六郎に対し、本当に源六郎であるならば父母に尽くす心根の正しい人物であるはずで、目の前にいるのは餅屋の息子に違いない、というようなことを言う。その言葉はかつて彼が乳母の死に目にかけられた言葉と一致していた。これで目が覚めた源六郎はそれ以降は生まれ変わったように振る舞いを改めた。長男から三男が若くして死んでしまうと、源六郎は八代将軍吉宗となる。大岡が心を入れ替えさせてくれたことを恩義に思う吉宗は、大岡を町奉行として登用する。

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軽やかで心がすっきりするようなストーリー。彼の身に起こったことは宝くじの高額当選みたいなものだから、箍が外れるのも無理ないと思う。でも諫められたときにその言葉を素直に受け取れるというところは吉宗が本来的に真っ直ぐな人間であるということで、そんなふうに育てた乳母素敵だなと思う。もちろん大岡も見事だ。途中、凧揚げはかつて烏賊揚げだったことが説明されたり、禁漁区域に住む魚に台詞があったり、滑稽な部分が多く楽しめた。

「天一坊の生い立ち」阿久鯉

ここからがこの物語の本編と言える。この一席に全ての伏線が張り巡らされているとのことで、集中力を最大にして聴いた。

吉宗公が若かりし時分に、紀州和歌山で屋敷の女中を孕ませたことがあった。女中は実家に帰ることになるが、その際吉宗の胤であるというお墨付きと葵御紋が刻まれた短刀を与えられる。しかし生まれた赤子はすぐに死んでしまい、母親も血上がりで死んでしまう。お墨付きと短刀は赤子の祖母であるおさんが保管することになった。十二年後、隣村の山伏である戒行がおさんを訪れると、霜月十五日に生まれたという戒行に、おさんは同じ年の同じ日に生まれた孫がいて、彼が生きていれば今頃良い身分だったということを話してしまう。証拠はと問う戒行におさんはお墨付きと短刀を見せる。それを見た戒行は死んだ落胤の立場を自分のものにすることを思いつくと、老婆を絞め殺してしまう。後日、戒行は山伏の師匠をも毒殺すると、修行に出ると言って十四歳で村を離れる。着物を脱いで切り裂き、犬の血をつけて賊に殺されたように見せかけると、熊本で吉兵衛と名前を変えてお店に奉公し手代まで登りつめた。ご落胤の証拠の品がある以上、江戸に行って吉宗に会いたいと考える吉兵衛は、江戸へ向かう明神丸に乗り込む。大晦日に中国に停泊すると、正月二日から雨が降り続き、やっと晴れた日に船を出すと途中から疾風が来て船は荒れた海に飲み込まれた。悪運強い戒行は船や水夫たちが海の藻屑と消えていく中、一人だけ生き残ってしまう。

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阿久鯉さんはしとやかな仕草で出てきたと思うと怒涛の展開を語り尽くした。特に船旅のシーンは晴れやかな天気の中船員たちが船を進めるべく働く姿がとてもりりしく見えたし、一転して海が荒れるシーンの描写も迫力がすごかった。そして演じ分けも見事で、戒行を演じるときはまだ邪気のなさの残る少年の感じが出ているし、老婆や船長を演じるときはそれぞれ身体の大きさまで想像できるほど声音で全てを表現していて圧巻だった。

「伊予の山中」伯山

海から打ち上げられて伊予の山中に入った吉兵衛は濡れそぼった身体で凍え死ぬ寸前で人家を見つけ、助けを乞うた。綿の着物を借り、雑炊をもらうと廊下を渡った左手の座敷で休むようにと言われる。決して入ってはいけないと言われた右手の座敷がどうしても気になる吉兵衛はそっとそちらを見てみると煌びやかな財宝があり、そこは山賊の屋敷であると計り知ることができた。そのうち、二十人ほどの山賊が屋敷に入ってきて、彼らは吉兵衛を殺して三百両を奪おうとしていることが判明する。しかし逃げようにも雪が降る中では凍え死んでしまう。そこで吉兵衛は山賊を騙すことを思いつく。自分は吉宗公のご落胤であると言うと証拠の品を出して山賊の赤川大膳と藤井左京を味方につける。その後、実はご落胤というのは嘘であることを明かした上で、自分についてくることを約束させると、美濃にいる赤川のおじを訪ねることにする。

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阿久鯉さんと違って伯山の吉兵衛は邪気しかなく、まだ二十二歳とは思えないほど肚が据わっていて悪人の素質に満ちている感じがある。山賊の二人も、山賊だから普通なのかもしれないが淡々と人を殺していくのでまあまあ怖い。雪がしんしんと降る山中での大騒動にどきどきした。

「常楽院の荷担」阿久鯉

美濃にいる赤川のおじ、常楽院天忠坊は肉親やら師匠やらを殺めてきた悪人で、吉兵衛の話を聞くとすぐさま加担することを決めた。ご落胤を名乗るにつけての吉兵衛の出自をどう騙るかというところで、この山には天一という者がおりさる身分の方の胤だという話だからその身を乗っ取ればよいという話になった。赤川、藤井の二名は天一の付きの者たちを奈落の底に落として殺し、天忠坊は天一を殺す。こうして吉兵衛は天一坊となる。

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吉宗の落胤を乗っ取り、下準備としてまた別の若者の身を乗っ取るとは、なかなかすごい展開である。素直に育ったはずの山伏の若者が人の道を外れていくわけだが、悪い仲間たちを携えたこの頃にはもう悪事をなんとも思わないのだろうか。この一席で出てきた天忠坊は大悪人だが、カラッと演じて笑いすら取っていたのが印象的だった。

一日目を終えて

初っ端から和歌山〜熊本〜伊予〜美濃とかなり移動も多くダイナミックに話が展開して引き込まれた。悪人なんか大嫌いだけど、ここまでくると逆に清々しいようなところもあり、また丁寧に描写されているから悪人の胸の内を知りたいという好奇心を満たしてくれて面白い。

第一話の吉宗の話は天一坊と真逆とも言えて、おまけ的な話だとは言っていたけどこのコントラストがあるとないとでは味わいが全然違うだろうなとも思った。二日目も楽しみだ。


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