記憶を記録にかえて

以前はJICAとか国境なき医師団とか、カルカタの死者の家とか、遠く遠く視線を飛ばして、貧しく恵まれない可哀想な人たちへの支援活動に関心が強くて
単純に国際的=カッコイイと思っていたんだと思う。

羊頭狗肉、意識高い系を自らの看板に
分かり易い構図に相手も落とし込む短絡的な思考と行動様式。

若気が至りまくって恥ずかしい。でも、それが若者の特権。
パスポートとチケット握りしめて飛び出す人を私は応援する。

多分、フィールドの問題じゃない
海外でも国内でもどちらでもいい
違いは、やったかやらないか
自分を飾るアイテムにしないこと
人にフォーカスしたかだと

だけど

足下に
近くに
隣に
目を凝らせば
見てみないふりしても
蓋をしても
小さい声が聞こえてくる

このままでは
時間切れ
なかったことに歴史がしてしまわないだろうか

賢者は歴史に学び
愚者は経験に学ぶ
    ーオットー・ビスマルク


何時まで許しを請うのか
それは被害者の決めること

分かり易い構図で
正義を振りかざすときに
なんとなく胡散臭さを感じてしまう
お天気予報と新型コロナ感染者数の発表の間に消費するニュースにしたくない

沢先輩は囁くように優しい歌声で
私に語りかける

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