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母親の時


確実に母親の出番は少なくなっていたし
もうこのままフェイドアウトしていくのかなと思っていた

多分十歳くらいだったと思うけど
忘れられない母性の記憶

出産直後の犬小屋は覗いちゃいけないと言わていたのに
興味本位でどうしても子犬が見たくって
なぜ覗いちゃいけないのか理由もわからずに学校の帰りに友達んちの犬小屋をそおっと覗いたら
それは母親の防衛本能を刺激して
出産で気が立った母犬は子供を奪われると気が狂ったように吠えまくった
怖くなった私たちはさっと身を翻したのだけど
時すでに遅し

生まれたばかりの子犬を噛み殺してしまったと
家の人が無残な仔犬の血まみれの身体を
泣きながら小屋から引っ張り上げて
そして近くに埋めたと
翌日うなだれる友達から聞かされて
自分たちの浅はかさの招いた結果に言葉もなく

ごめんなさいと小さな声で
もう犬小屋に近づくことすらできず
遠くから下校する道すがらその方角に向けて謝ったのを覚えているけど

動物には遠く及ばないけど
私にも母親の本能みたいのがあって
何故か出産と同時にスイッチが入って
それは出産初夜スナフキンが出産前とミクロンもナノも変わらずにギターを爪弾いて
そこに新しい命があるのに
ニベアもくれずにいるのをみて
ああアカン、アタシが母親にならなきゃ誰がこの娘をと謎の責任感を勝手に発動させて
ノボセたインド恋が終わった

私も思うに出産で気が立っていたんだと思うし
彼みたいに変わらない感心態度で子育てできたら
それはそれでまた違ったろうとは思うけど
やっぱり手負いの母虎とか母熊とか
スイッチ入っちゃったら理屈じゃないもんね
仕方なかったと思う

二十歳を過ぎて
もう親の世話にならんでも生きてけるわー
ここまで一人で勝手に大きくなったみたいにスンとして

いやいや学費も生活も丸抱えやんか苦笑
ここまで誰に育ててもらったんやなんて言うつもりはないけど

バイトだーサークルだー研究だー学会だー免許だー友達だーインターンだーと
夕飯にメンツが揃うこともめっきり減って
私が仕事を終えて一番に帰ってきて暗い部屋に明かりをつけることも増えて

大人が3人いる生活に移行しつつあるのを肌で感じるけれど

それでも

学祭に来てと言われて研究室の担当教官とお仲間にご挨拶しに伺ったり
手土産あると好印象と言われあんまり高級でも可愛くないかとステラおばさんのクッキーを持っていったら
ウケていたから
ああまだ子供だなと思ったり

ちょっとしたトラブルに見舞われて警察に相談することがあったり
困ったときにはこうやって対処するんやでって
見せられたかなあと思ったり

あんまり遊び呆けてるから
ええ加減にせえや学生の本分は勉強やろあんた学びたいことがあるから進学したんやろ見つけろやとドロップキックかましたら
ちょっとハッとするところがあったのか
自ら買い出しに行って帰宅すると夕飯をお誕生パーティかってくらい豪勢に作って食卓に並べてくれた

なんか伝わったんかなと
もうそれ以上は言ってないけど

まだ時々はおかーさんの役割があるのなら
謹んで喜んで務めさせていただきたいと
そのためにいつだってここにいるよと
書き記す








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