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本を読まない文系

この物語は、崖っぷち文系博士課程の院生が奮闘する日々の記録。

本を読まない文系

○大学の図書館・閲覧席

 この物語の主人公あかちゃんが図書館の席に座り、本を10冊ほど脇に置いて、1冊の本をパラパラめくり、斜め読みしている。

あかちゃん「電子書籍で読める文献も増えているけど、ざっと内容を把握するにはやっぱり紙が便利便利。まさに人力スキャニング! 学術書を1冊1冊、前から順番に読んでいたら1日1冊しか読めない。だからむしろ読まない。いかに本を読まないか。いや、語弊がある。本当は読むべきだから。だがしかし、読んでいられない。何故なら読めないから。」(注1)

注1)あかちゃんは文系の大学院生である。研究をするには様々な手法があるが、何を置いても文献を読み込むことは重要な工程である。

あかちゃん「だって、この文献の厚さ! 郵便ポストには入らない。300頁をちゃんと読んだら、何分かかる? 300分ぐらい…? いやいや、1頁1分で文章を読めたとしても、1頁1分で理解できるわけではない。3回ぐらい読んでも何言ってるかわからないことなんてしょっちゅう。日本語なのに。そして、一気に1冊読み通せるほど集中力はもたないし、一度にそんな情報量は頭に入らない。…というわけで、本は基本的に読まない。」

 ふと、頁をめくる手の動きがゆっくりになる。冊子になっている文献メモ用のカード(注2)を一枚ビリリと破いて、メモを書き始める。

注2)文献メモ用のカードとは、B6サイズのルーズリーフのようなもの。同じサイズのファイルにインデックスをつけて管理するのが、昔ながらの文献整理スタイル。

あかちゃん「世の中には便利なデジタルツールがあるのは知っている。でも自分は結局紙で管理する方向で落ち着いた。パソコンで打ち込んだメモをわざわざ開いて見返すことなんて、ない。本当にない。打ち込むだけ時間の無駄になる。PDFデータをコピペすれば楽? それ、コピぺして満足するパターン。」

 メモを書き終えた文献カードをファイリングして、次の本を手に取る。

あかちゃん「自分の認知を通過したなら、自分なりにカスタマイズされたアウトプットがないと。どうせ忘れちゃうから、自分の思考を通過した痕跡を残さなきゃインプットの時間がもったいない。PDFにマーカーを引く? 既読PDFを開いてマーカーを見返すことなんて、ほぼない! 世の中にどれだけ文献があることか! もう99%は一期一会! 99%は言い過ぎた。もちろんバイブルのように何度も何度も読む文献もある。そう、そういう運命の出会いをいつだって求めてる。その時はその本を買う。厳選された1冊を。学術書は高いからね、正直あんまり買えない…。」

○大学の図書館・書架

 本を返却棚(注3)に戻して、本棚をゆっくり見定め始める。

注3)本棚から取り出した本は、自分で元の場所に返すのではなく、専用の返却棚があり、棚に戻す作業はプロである図書館員さんにお任せする。こうやって図書館の書架の秩序は守られる。

あかちゃん「図書館にこれだけの本がある。もちろん世界にはこれ以上に本がある。これから先も文献は増え続ける。本を読んでいるだけで人生終わってしまいそう。そうならないために、私は本を読まない。あ、話が無限ループ編に突入。」

 書架を渡り歩いていると、図書館の中で学生が、寝たり、スマホをいじったり、パソコンに打ち込んだり、雑誌をめくったり、思い思いの過ごし方をしている様子が目に入る。

あかちゃん「私はこんな感じだけど、丁寧に文献を読んでいる人は読んでいるのだろうな。他の人の研究事情はよく知らない。博士課程に入って横の繋がりはほぼなくなった。周りが普段どのくらいの本をどのくらいかけてどんな風に読んでいるかなんて知らない。もはや速読を身につけているのかな。私と比べて飲み込みがずっと早いかもしれない。もっと要領よくやっているのだろうな。」

 先ほどとは別の本を5冊ぐらい両手で抱えて、歩き出す。

あかちゃん「でも他の人のスタイルを知ったとしても、きっと同じようには真似できない。自分のできる形で、やりやすい方法でやるしかない。周りを見れば優秀だと言われる人ばかり。できることは取り入れつつも自己流を貫けないと、博士課程で生きていくのはたぶん難しい。私はそう感じる。」


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