「黄口児」 山田風太郎『くノ一忍法帖』:創作のためのボキャブラ講義41
本日のテーマ
題材
「お千どのの望みをとげさせておやりなされませ。秀頼どののお子をその手に抱かせてやりなさりませ」
「そうはならぬ。秀宣、そちは、乳飲子の牛若をゆるしたばかりに壇ノ浦でほろぼされた平家の話を知っておろう」
「それは平家が驕ったからです。壇ノ浦以前、石橋山以前に、平家はみずからほろぼしていたのです。徳川は、そうはなりませぬ。この秀宣が、そうはさせませぬ」
「こ、この黄口児めが!」
(忍法「夢幻泡影」)
意味
黄口児 こうこうじ
年が若く経験が浅い者のこと。いわゆる青二才。黄吻児とも。
解説
作品解説
異能を持つ複数人の集団同士が戦いあうという構図の作品は、現在ではそれなりに例を見る。近年の例で言えば『終末のワルキューレ』や『忍者と極道』がそれらのいい見本だろう。こうした構図を案出した最も有名な作家が山田風太郎である。『甲賀忍法帖』に始まるこれらのシリーズの内、本作は四作目に当たるようだ。
物語は大阪の陣、大阪城落城の直前に始まる。徳川家康が豊臣家を根絶やしにしようとしたこの戦で、豊臣秀頼は命を落とす。その直前、真田幸村は一計を案じ、信濃のくノ一5人に秀頼の胤を孕ませた。徳川方から秀頼に嫁いでいた千姫は落城の難を逃れ、くノ一5人を侍女として連れて戻る。
秀頼を追い詰めた家康に千姫は怒り、なんとしても秀頼の子を産ませるつもり。家康は秀頼の子を残したくないためにくノ一を殺害しようとするが、公に処罰しようとすれば千姫が自害など、何をするか分からない。そこで服部半蔵を通じ、鍔隠れの伊賀忍者を連れてこれに対抗する。豊臣の血を根絶やしにしようとする家康と、子を産ませようとする千姫の暗闘が始まるのだった。
未熟者ゆえに
今回着目した語句「黄口児」は簡単に言えば青二才のこと。青いのか黄色いのかはっきりしろというところだが、おそらく黄色い口とは雛の嘴が黄色いところから来ていると思われる。
題材の場面は物語終盤、千姫に味方した徳川秀宣が、家康に抗議する場面である。秀宣とはあまり聞き馴染みが無いが、紀州徳川家の始まりの人物で、家康の十男にあたるようだ。
彼の言い分は明朗で、秀頼の子どもが産まれて祟っても、そのとき家康はもうこの世にいない。あくまで対処するのは自分たちである。戦国時代に相手方の血を根絶やしにするのはそういう時代だが、大阪の陣も終わった今それをすれば徳川の罪になる……というものだ。勇猛果敢な若武者の整然とした言葉に、家康も唖然とする。
基本的には家康対千姫の構図を取り、忍者がひとりずつ戦う本作だが、その展開は徐々に崩れていく。マンネリ防止というのもあるが、基本を見せたら応用とばかりに戦局だけでなく周囲の状況をも変化させていく。特に本作では千姫方のくノ一が皆妊娠しているので、その変化は激甚、家康にとっても明確なタイムリミットとして立ちはだかる。
他にもたくさん
今私が確認している『くノ一忍法帖』は角川文庫の山田風太郎コレクションのひとつだが、中島河太郎の解説によると「忍法」という語を定着させたのも山田風太郎の功績だという。それ以前の、立川文庫などで読者に広まっていた忍術とはまた違う質感のもののようだ。
さらに作中冒頭「女という字を分解すればくノ一となる。すなわち「くノ一」とは「女」をあらわす忍者の隠語であった。」と説明がある通り、今では当たり前の語句である「くノ一」もまた、本作が広めているようだ。これだけ様々な新しいものを生み出すあたり、山田風太郎の才覚たるや、今更ながらすさまじいものを感じる。
作品情報
山田風太郎『くノ一忍法帖』(初刊1961年7月 講談社)
※今回参考にした角川文庫版の初刊は2012年9月。