増税メガネとトーンポリシング:創作のための時事問題勉強会40
※注意
本記事は時事的問題について、後で振り返るためにメディアの取材や周囲の反応を備忘録的にまとめたものです。その性質上、まとめた記事に誤情報や不鮮明な記述が散見される場合があります。閲覧の際にはその点をご留意ください。
事例概要
発端
「徳島では、首相の演説中に『増税メガネ』などとやじを飛ばした男性が、会場を追い出される一幕も」
— 小沢一郎(事務所) (@ozawa_jimusho) October 15, 2023
このレベルのヤジも排除される時代。独裁国家の萌芽がここにも垣間見られる。この10年で本当に恐ろしい国になった。民主主義の危機。国民が目を覚まさないと、暗黒になる。 https://t.co/NHR200UaTM
※ここしばらく、岸田首相が「増税メガネ」などと揶揄されることが増えた。
※なお当人はレーシックならいいのかと逆ギレ。
増税メガネは問題?
罵倒する目的で「増税”メガネ”」と言ってる人、人権侵害認定だろ。メガネは医療器具って認識あんの?おしゃれのためにしてるんじゃねーんだぞ。小さい子供が眼鏡してるがために同級生にからかわれてる現場とか見たことないのかよ。
— 田中けい🇺🇦🇯🇵 (@TANAKA_Kei) October 19, 2023
書くのも嫌だが「増税メガネ」なんて単語入れて悪口言ってる時点でご立派な事言ってようがただのイジメ加害者だから。子供に対しても社会に対しても悪影響だから、まともに話聞いて貰えると思わない方がいい。
— 筋トレ100%マン (@BCAA20000) October 18, 2023
イジメやって楽しいかも知らんが、言われてる側にも心はあるからな。よく覚えておきなよ。
※為政者批判とはいえ、当人の言動と無関係の属性を罵倒に含めるのは好ましくないように思えるが……?
当時の私見
「増税メガネ」という首相への悪態はメガネ装着者のことを考えると悪手。それはそうなんだが、その指摘を悪態をつく側にするのがもうなんかズレてる気がするんだよな。こういうのは首相側に「お前がメガネのネガキャンしてるんだから外せ」って言った方がよくない?
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) October 18, 2023
そもそもメガネってもうだいぶポピュラーなアイテムだから首相を増税クソメガネ呼ばわりした程度で困ることもないだろっていう。明らかに時の権力者を批判する側に上品さを求めすぎている気がする。
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) October 18, 2023
安倍ぴょんの病気を揶揄するときもそうだが、大元として時の権力者が馬鹿やっているのが原因であることが割と簡単にスルーされている。権力者の問題と無関係な属性を揶揄するのがよくないのはそうだが、その揶揄が生じる原因は首相があまりにも馬鹿だからだろっていう。
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) October 18, 2023
為政者なら一定程度生じる「自身の属性にネガティブな意味を与えないよう振舞う」という責任を指摘せず揶揄する側だけに指摘するのは明らかに不均衡じゃんね。
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) October 18, 2023
個人見解
トーンポリシング
そもそも罵倒自体があまり好ましくないように思われるが、時の為政者への批判の意味を込めた罵倒は許容されうるだろう。これは為政者と市民の間に生じる権力差を考慮したものである。為政者は様々な手段で市民を弾圧し命を奪うことすら可能なのだから、市民側が批判や攻撃の手段として罵倒を用いることは許容される。為政者が市民を弾圧する能力に比べれば罵倒など些細だし、市民側にはそもそも行儀のいい批判手段を必ずしも選択できる状況にない可能性もあるからだ。
岸田が罵倒される状況や市民の怒りの原因を無視し、市民の罵倒の内容を吟味するような行為を一般的にトーンポリシングと呼ぶ。簡単に言えば「そんな言い方では理解してもらえないよ」というやつだ。抑圧される側、今回で言えば市民の側は当然怒りに燃え、感情的な言動が目立つ。立場上優位に立つ側は市民のそうした荒々しい言動を取り上げ、「こっちは冷静にやろうとしているのに感情的で困る」とあげつらうことで市民側の批判内容を無視して批判を無効化できるわけだ。
こうした詭弁の手段はいくらかあるが、ネット論客が多用するのでたいていはもう知られ、解体が進んでいる。トーンポリシング自体、私が過去にブログ記事でまとめたくらいにはポピュラーなものだ。
とはいえメガネはどうだ?
しかし一方で、岸田の言動に関連がない属性を揶揄に使うのは一線を越えているのではないか、という疑問もあるだろう。だがあくまで個人的な見解を述べるなら、メガネくらいはどうということもないと考えている。
確かにメガネは医療器具だ。ただ今はメガネやコンタクトを使う人間は多く、それ自体が揶揄やからかいの対象になるリスクはかなり低いのではないか。それこそ安倍が持ち出した病気よりはスティグマの危険性は低いとみていい。
それに加え、メガネがスティグマ化するリスクを考慮するのなら、矛先は批判者ではなく岸田自身に向けるべきだろう。彼の言動のせいでメガネに不要なスティグマが張られるリスクが生じているのだから。時の為政者には自身が持つ属性が不要な偏見で見られないよう振舞う相応の責任があるのではないか。少なくとも岸田がここまで政治的不能を晒さなければ何も問題はなかったのだから、メガネが罵倒に使われスティグマ化するリスクの責任を負うべきは批判者ではなく岸田だ。
安倍の場合
持ち出しついでに安倍の場合も検討しておく。安倍は第一次政権と第二次政権、いずれも健康の不安を理由に首相を辞任している。
こうした病気を仮病などと揶揄する向きがあり、当時もその揶揄を問題視する声が多かった。メガネはスティグマ化のリスクが低いと考えていいが、安倍の持病はやや珍しいものであるし、病気自体がスティグマ化しやすいものなので揶揄に対する指摘も岸田よりは妥当性を帯びるだろう。
とはいえやはり、こうした揶揄に対するスティグマ化の危険などの問題も、岸田同様に安倍の責任に帰することができると考えている。というのも、安倍が持病による健康不安を持ち出して辞任したのは、前後の状況を見るにおおよそ進退に窮したからだろうと予測できるからだ。第一、政治家が政治的失敗に窮して入院という逃亡をするなど度々ある話だ。
芸能人が持病を告白するのと安倍が辞任に際し持病を持ち出すことは真逆のものだ。芸能人が珍しい持病の存在を告白するのは、むしろスティグマ化を避けるための行為だ。病気と向き合って折り合いをつければこの通り仕事をしながら治療できますと示すことで一般人に啓蒙しているわけである。同時に珍しい病気についてより多くの人が知ってくれれば、研究も理解されて進みやすくなる。
一方安倍の行為は病気を持ち出して逃げているに過ぎない。政治家が辞任する理由などいくつもあり、健康不安はその中のひとつにすぎないのだから病気の件を隠すかあまり大きく扱わないこともできた。それをせず、自身の政治的失敗を隠すために病気を前面に持ち出したことはむしろスティグマ化を進行させる行為だ。食堂器官に関連する病気にも関わらず会食を繰り返しているので素人目には仮病に見えやすいし、公文書の偽造などが常態化していたので嘘だろうと思われる危険も高くなっていた。
政治家という注目される立場で、自身の持つ属性をスティグマ化されないよう最低限の振る舞いすらせず、通常ならあまりに無理のある仮病という疑惑すら一定程度の妥当性を持たせたのは安倍自身である。