「ランブルフィッシュ」 望月三起也原作『ワイルド7』:創作のためのボキャブラ講義37

本日のテーマ

題材

「人は所詮無力。指の隙間から砂がこぼれ落ちるように、大切なものはすべて消え去る。誰とも関わらずひとり生きていくと決めた。一匹でしか生きられない、ランブルフィッシュのように。……いや、生きているのかどうかすら、分からない」

(本編開始ごろ)

意味

ランブルフィッシュ rumble fish
 いわゆる闘魚。スズキ目ゴクラクギョ科の熱帯魚ベタのこと。オス同士の気性が荒く縄張り意識が強いので喧嘩するさまを鑑賞するのも目的に飼われることがある。


解説

作品解説

 望月三起によって週刊少年キングで1969年から79年の間に連載された漫画が『ワイルド7』である。バイクと銃で装備を固め、悪人を屠る超法規的な警察組織ワイルド7の活躍を描く漫画だ。創設者の警視庁官僚草波勝は毒を持って毒を制すの考えによって、7人の凶悪犯を取り立ててこの組織を作り上げた。

 今回の題材となるのは2011年の実写映画版。ワイルド7のリーダー飛葉を演じるのは瑛太。監督は『海猿』で有名な羽住英一郎である。飛葉はワイルド7を率いて悪人を狩るが、ここ最近は謎の人物に横槍を入れられることが多い。その人物も悪人の殺害が目的のようで、結果的に仕事に支障はきたしていない。不審に思った飛葉は、ある日その人物に似た女性、本間ユキと巡り合う。ふたりは惹かれ合っていくが、ユキが復讐のために犯罪者を追っていることを知り……。

 殺人犯だった飛葉は大切な人を守れなかった過去を持っている。その過去から出たのが今回の題材の独白であり、ランブルフィッシュはユキの部屋で飼われていたものでもある。守れなかった人物とユキを重ね、どうすべきか悩む飛葉は……という筋。

闘魚とは

 上記の説明の通り、ベタという熱帯魚の別名がランブルフィッシュ、闘魚である。オスが縄張りを持つ種であり、同じ水槽に2匹以上のオスを入れて飼うことはその性質上できない。逆にその気性の荒さを利用し、喧嘩する様を見て楽しむこともあるようだ。交配によって美しい体色を持つ種が人気らしい。

 こうして特徴を確認してみると、案外に飛葉、そしてワイルド7のメンバーにしっくりくる例えだという感じがする。縄張り意識が強く気性が荒いのはもちろん、バイクとピストル、革ジャンで決めた彼らはいかにも「観賞用」だ。まあ原作が漫画だし今回の題材は映画なので当然だが。凶悪犯罪者とワイルド7の戦いはまさに同じランブルフィッシュをひとつの水槽に入れて楽しむようであり、鑑賞者はさながら水槽を眺める飼い主か。

直喩

 これは小学校か中学校の国語で習うことだが、比喩には直喩と暗喩がある。「まるで〇〇のように」と比喩であることが明示されるのが前者、そうでないのが後者だ。今回の例は直喩にあたる。原作ではわずか16歳(さすがに映画版はもう少し年上だろう)の犯罪者、学はないだろう飛葉からするっと暗喩が出るのも変な話だから直喩なのはそうだろうという感じ。冒頭からいきなり迂遠な言い回しをしても鑑賞者を置いてけぼりにするだけだし。

 比喩の効果はある事象や事物を別のもので例えることで、当該事象に疎い人間にもおおよそのイメージを持たせられるということだ。ある粗暴な男の性質を「猿山のボスのような」と表現すれば、その男を知らない人間にもどういうパーソナリティかはおおよそ分かるようになる。

 逆に比喩に用いるものが相手に伝わらない場合、よけいな混乱を招く危険がある。このあたりは表現者のセンスと、受け手の知識や認識をどう想定するか、によって変わってくるだろう。今回の例の場合、映画の制作側は「ランブルフィッシュ」が一般的に伝わりやすい、飛葉のような男の性格を表す上で妥当な表現だと判断した。飼育用の熱帯魚としては比較的ポピュラーな種のようなのでその推測は間違ってはいないが、魚に疎い私は「?」となってしまったわけだ。

 とはいえ大抵の直喩は、その前後にその比喩によって言い表せられる状態が明確に提示されている。あるいはその他比喩も、文脈である程度推し量ることができる。今回の場合、冒頭から飛葉がきちんと独白していたので「ランブルフィッシュ?」となってしまっても困らなかったわけだ。

 じゃあ比喩いらないじゃん、という本末転倒なことにもなるので、この辺は本当に表現者のセンス次第なのだが。

作品情報

『ワイルド7』(2011年公開)


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