「逆火(バックファイア)」 『137発の弾丸』:創作のためのボキャブラ講義49

本日のテーマ

題材

(スティーブ・ルーミス警察組合長のインタビュー)
「”警察は円形の銃殺隊を形作った”? 人権活動家みたいな発言だ。州内最大級の郡の検察官とは思えない」
「要するに”警官が撃たれた状況”だった。そのときはそう思われてた。ティムとマリッサ(引用者注:事件の被害者)が通りかかって発砲があった」
「なぜ発砲と判断したか。警官なら逆火と銃声の区別はつく」
「嫌な言い方だが――警官は誰もこんな状況を望んでなかった。ティムとマリッサの選択が生んだ結果だ」

(本編19分ごろ)

意味

逆火 さかび
 バックファイア。自動車の場合、エンジンの内燃機関の問題によって気筒で発生した炎が逆流してしまう現象のこと。


解説

作品解説

 白人警察官の「黒人は怪しい、危険だ」という偏見によって過剰な対応が生じ、その果てに丸腰の相手を銃撃してしまう……。このような問題はアメリカではいわば日常茶飯事でもあった。ジョージ・フロイド氏が被害者となった事件を契機のひとつとしていわゆるBLMが叫ばれるようになったが、本作『137発の弾丸』で扱われる事件も時期的には近く、こうした社会問題の文脈に位置されるものだろう。

 2011年にオハイオ州クリーブランドで発生したこの事件は、黒人の男女二名を警察官がパトカーで執拗に追走し、追い詰めた果てに射殺した事件である。事件発生当夜、警察官のひとりが被害者の乗る車から発砲を受けたという報告を上げ、それが大追跡に発展する。60台以上のパトカーと100名以上の警察官が動員されたというこの追跡で追い詰められた被害者2名は車を止め、発砲したところを警官たちが反撃して最終的に解決したとされている。

 しかし問題の発端となる発砲は、報告した警官が古い車に起きた逆火を銃声と聞き違えたものだった。さらに追跡中、何名かの警官は被害者の車の排気口から出る炎で逆火に気づき、発砲音の正体も察したようだ。さらに目視で銃を所持していないことも確認し、あまりに大げさな追跡に抜けた者もいたらしい。

 加えて被害者からの発砲とされたものは、警官が被害者の車を挟み撃ちにしたため生じたもの。つまり被害者の車を挟んで向こう側の警官が発砲、その銃弾が対岸のパトカーに当たったため被害者からの銃撃と勘違いし応戦したということ。このあまりにもお粗末な銃撃戦の結果、丸腰の被害者2名にはタイトル通り、137発の弾丸が浴びせられてしまった。

居直り警察官

 さて逆火という現象そのものについては説明の必要もないだろう。被害者の乗っていた車はそれなりに古い型のようで、この種の車が速度を出せば逆火は発生しうるという。で、警察組合長といういわば警察官の労働を守る立場の人物の発言が今回引用した題材だ。

 円形の銃殺隊を形作ったのは事実である以上、人権活動家みたいかどうかに意味はない。逆火と発砲音の区別はつかず、お互いのフレンドリファイアのために「警官が撃たれた状況」を自分たちで作り出したのだ。

 ちなみに137発の弾丸を撃ったのは、被害者を囲んでいた13人の警官。通常の拳銃の装弾数はだいたい15発から20発程度なので、ひとり10発くらい、マガジンの半分も撃てばそんなもの……と思ったそこのあなた、アメリカを舐めている。

 今回の事件で唯一起訴された警官は被害者の車のボンネットに上り、そこから15発を撃ち込んだらしい。さらにその警官は合計で50発近く撃っていたとも考えられ、はい過剰発砲ですありがとうございましたという案件だ。ちなみにその御仁、軍隊としてイラクに派兵された経験も持つというのだが、派兵先にいた頃にも味わったことのない恐怖を感じたという。撃たれる危険を考えたらボンネットの上には上がらないんじゃないですかね……。

 ……ん、起訴されたのこいつだけなの?

参考

 ちなみに起訴された警官くんも語るように、この手の過剰発砲を引き起こす警察官が語るキーワードが「恐怖」のように感じられる。これはこの事件において、聴取された警官が事前に振り付けを仕込まれたからなのかとも思ったが、本編中語られる別の警官もこうしたワードを出すようで、この点には注目して他の事例も見てみたいところだ。

 またインタビューに応えたトンチキ警察組合長の部屋には「All Lives Matter.」の語が掲げられている。これは「黒人の命も大切だ」と掲げるBLM運動に対し「いやいや命はみんな大事でしょ?」と素朴を装って混ぜっ返す言葉だ。ここで特に「黒人の命も」と掲げられているのは、それまで黒人の生命が軽視されてきたことに由来するという経緯を透明化する詭弁である。

情報

『137発の弾丸』2021年ネットフリックス公開


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