『野原ひろし昼メシの流儀』の意味不明さの一端:創作のための戦訓講義73
事例概要
発端
ただ今『野原ひろし 昼メシの流儀』第39話 ロシア料理の流儀を「まんがクレヨンしんちゃん.com」で公開中です。
— 塚原洋一@11巻『野原ひろし 昼メシの流儀』 (@YoichiTsukahara) April 7, 2024
この回はネット上で「意味がわからない」というご意見をよく見かけます。時とともにますますわからなくなると思うので、この機会に解説したいと思います。https://t.co/TC2wkagTIR
※シュールな場面が多いことで連載開始時より評価の高まる作品。ロシア料理回を作者自ら解説。
まずこの回の取材と打ち合わせが行われたのが2018年6月26日、FIFAワールドカップ(W杯)がロシアで開催されている最中でした。
— 塚原洋一@11巻『野原ひろし 昼メシの流儀』 (@YoichiTsukahara) April 7, 2024
冒頭サッカー少年と出会った後、ひろしが唐突に「なぜか無性にロシア料理を食べたくなってきたぞ」というのはW杯に引っ掛けたジョークです。 pic.twitter.com/Rn8NmW8Wjk
※この時点で作者の感覚が尋常一様でないことが分かる。W杯に直接言及しない理由も不明だし、時事ネタなのにあくまで発想は連載時期ではなく打ち合わせ時期である。
最終ページ、映画館の看板に6人のシルエットとともに「6人を探せ!」とあります。これは映画のタイトルであると同時に読者の皆様に対してのクイズとなっています。
— 塚原洋一@11巻『野原ひろし 昼メシの流儀』 (@YoichiTsukahara) April 7, 2024
ひろしのセリフがヒントとなっていて、”昼メッシ”がメッシ選手、すなわちシルエットはサッカー選手であることを示唆しています。 pic.twitter.com/xeyPsc07KR
シルエットの6人の選手が誰であるかは画像の通りです。
— 塚原洋一@11巻『野原ひろし 昼メシの流儀』 (@YoichiTsukahara) April 7, 2024
そして読んでいる途中、隣のお客さんの会話が何度か描かれており不自然に感じたかと思います。
この会話の中に残り5人の選手の名前が盛り込まれています。探してみてください。
*次のポストで答えをお教えします。 pic.twitter.com/ZhhSuKcrgq
※いや分からんだろという小ネタ。というかシルエットも判然としないし……。
セリフ内の選手名をピンク色にしました。
— 塚原洋一@11巻『野原ひろし 昼メシの流儀』 (@YoichiTsukahara) April 7, 2024
大迫選手のコマには当時流行った「ハンパない」というセリフがかかっています。
以上で解説はおわりです。
ちなみに店名はロシア文学を代表する文豪トルストイの小説をもじったものです。 pic.twitter.com/QLCwpWFJLt
※話の流れをぶった切るような小ネタも。
反応
ボルシチはウクライナ料理という知識を加えることで更に混沌とした話になる。 https://t.co/w3DgWow0he
— 影山影司 (@apto117) April 7, 2024
※時期的にこっちの方がまずい。
「意味がわからない」という意見に対して作者直々に解説してくれるのはありがたいが、読者が一番知りたいのは「何で急に何の関係もないサッカーネタ(しかも選手名並べただけ)を無理にねじ込んできたんだ?」なのです。 https://t.co/y5ZOrVMaJv
— 玉葱猫 (@onioneko) April 7, 2024
※実際小ネタとしても強引な割に程度が低い。
NHKの漫勉でさいとう・たかを先生が
— ふぁーぼ@ヘッダーカッコいい🐥 (@favoretw_only) April 7, 2024
『歴史や現代政情をネタにしていない限り、時事ネタはあとから読む人に伝わらなくなって漫画としての価値自体がなくなるから入れない方がいい』
って言ってたけど、まさにこういうことだよな…🐥
当時を知ってる人が懐かしむために読み返されるけど新規で読む人は… https://t.co/kmzfKcu2yO
※特に昨今は新作と旧作がサブスクで並べられることも多いので、時事ネタの扱いは慎重になるべきだろう。個人的にはこうした時事ネタで「古さ」を感じるのは好きだが。
「孤独のグルメ」系統の漫画は山ほど出たけど、漫画版「孤独のグルメ」のシュールさ
— しーべる (@sbn80) April 7, 2024
(それ以上いけない、わざとらしいメロン味 など)、
「真面目なのか狙ってるのか」よくわからない感じに一番近いのが、野原ひろしだと思う。割と好きな漫画。 https://t.co/fhg8RbOZnX
※意味不明ではあるがそのシュールさこそ本作が評価されている要因でもある。
当時の私見
なるほどこの思考の流れで作品が出力されるとこうなるのか……。意味がわからないのはそうだが、その意味のわからなさこそファンがこの作品に求めているものだと考えると、何がどう噛み合うか分からんもんだな……。 https://t.co/X7oojkKwTN
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) April 7, 2024
時事ネタの入れ方としてはまあ下手な部類か。サッカーからロシアの流れで時事ネタを洗う人はたぶんW杯にはたどり着けると思うけど、そこからの表現は……。
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) April 7, 2024
野原ひろしでもこの漫画でもやる必要がないのはそうなんだが、その変な感触こそこの漫画の魅力でもあるのでここは本当に評価が難しくて、合わない人はマジで合わないだろうな。俺もネットでネタにされているのを知っている程度で興味は沸かないし。
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) April 7, 2024
単純にグルメ漫画として下手なのはレポートの部分。「これぞじっくり煮込まれたといった感じ」ってなんだよ。「他にもきっといろいろ煮込まれて」も駄目だよそこを深堀りするんだよ!
— 紅藍@カクヨムで新作『偽王子事件』連載中 (@akaai5555) April 7, 2024
個人見解
時事ネタを含める方法論についてはいくつか宗派がある。作品に不要な場合、時が立つと読者が理解できなくなり古さも感じるため入れるべきではないというスタンスを取ることが多いように見える。個人的にはそういう古さを感じるのも鑑賞のうちだと思っているのでむしろある程度は入れていっていいと思うが、その辺は作者と鑑賞者の認識とスタンスに大きく左右される。
ただ本作で例示された時事ネタの挿入が下手であることはおおむね同意されるだろう。冒頭、サッカー少年を見てロシア料理に意識が飛躍するが、これは2018年のワールドカップがロシア開催だということから来ている。ならばワールドカップに言及すればよく、それを避ける理由はない。時事ネタは古くなると言っても、ワールドカップくらいメジャーなものであれば気になった鑑賞者が調べるのも難しくはなく、言及ひとつで時事ネタが抱える風化の問題は概ね解決されただろう。というかこの手の不自然な言及のしなさは、風刺ネタとかでやるやつじゃ……。
不自然なほどワールドカップについて言及しなかった割に、扱うネタはサッカー選手の名前を会話に無理やり挿入し、最後に判然としないシルエットクイズを入れるだけである。特に会話ネタが最悪の部類で、時事ネタを理解できない鑑賞者には主役であるひろしを差し置いてモブの女性二人の会話がひたすらクローズアップしているように見えるだけだ。しかもその会話が名前を挿入する都合で強烈な違和感を生じさせている。これもワールドカップに言及しさえすればある程度とっかかりが出来たはずだが……。
それら時事ネタ挿入についての是非はあるが、そもそも本作はメシ漫画としては致命的にグルメレポートが下手だ。読んでもらえば分かるが、じっくり煮込まれてとか、いろいろ煮込んだとか、グルメ漫画なら言及してしかるべきところを適当にスルーしている。そのくせこんな時事ネタに腐心するようでは力の入れどころを間違っているとしか言いようがない。
一方で、この計算されていないだろうシュールさこそ本作の持ち味でもあり、ファンが評価するポイントなのも事実だろう。実際こうした計算外のシュールさは簡単に出るものではないから、一定のファンが付くこと自体は不自然でもないのだが……。