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親戚の集まりで感じた職業差別的違和感

先日親戚の集まりがあった。

そこで何故か全員が自己紹介を求められた。

更に司会のようなことをしている方が、このような流れを作った。

1人ずつ、家族構成、職業、近況を述べる。

職業?なぜ?

自分の家族を自慢したかったのではと、私は思った。

社会的地位の高い職業に就いておられるので。

司会の方が自分の身内を、この人はなかなか賢いですよと。

私は、この時間はなんなんだろうと思った。

お年を召されているので、今の時代にそぐわないような流れになるのは致し方ないのだが、
あまりにも強い違和感を感じてしまい、顔がこわばるのがわかった。

私は結局流れに乗って職業を言った。

結局みんな同じ流れで自己紹介していった。

仕事を辞めると言っている人もいれば、専業主婦をやっていると言っている人もいれば、自慢げに(私の主観だが)自分の職業を言う人もいた。

職業以外で話題はないのか?

職業で人の価値を測るのか?

不思議な時間だったし、
今もまだ心の中に強い違和感として残っている。


でも親戚の話なので誰にもいえず、チャットGPTに質問してみた。
この違和感は単に私の個人的(私自身に職業コンプレックスがあり、そう感じてしまっているだけ)なものなのか、そうではないのか。

AIは、おそらく多くの人がその違和感を感じる可能性が高いと言っていた。

それで救われた気分になったので、この違和感はこのあたりで消化、そして昇華しようと思う。


その違和感を感じることができなくなる未来がもしあるならば、恐ろしいなと思った。

今後自分が、子供にどのような価値観で接していくのか、正直少し自分が怖くなった。


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