アカツカ

テレビとか音楽とかの感想とか

アカツカ

テレビとか音楽とかの感想とか

最近の記事

  • 固定された記事

『怪物』のラストシーン

※ネタバレあり 映画『怪物』のラストシーンは、どういうことだったのか、最近ずっと考えていた。 先生と母親が助けに来たとき、もしそこで2人が生きていれば、そのまま保護されて家に帰ることになるだろう。だから、ラストシーンで、嵐が去った次の日に、2人が電車から出てきて、草原を駆け回ることはあり得ないことになる。 だから、SNSで感想を見ていると、ラストシーンは死後の出来事であると解釈している人もたくさんいた。「2人は死によって2人だけの幸せを手に入れたという悲しいお話」である

    • 4ヶ月の娘を連れて

      近場だけど 初めて一泊二日の旅行に。 着替えもミルクもオムツも 念の為にと多めに持って行った。 荷物の多さは母の愛だよ。

      • 季節の果物

        我が家では、仕事柄、妻の方が帰ってくるのが遅いことが多い。そういうとき、妻はしばしば、果物を買って帰ってくる。私は妻が帰る前に簡単に夕飯を済ませているのだが、妻と一緒になってその果物を食べ、録画したドラマを観る。その時々の旬の果物はやっぱり美味しい。 私の実家ではあまり果物を夜に食べることがなかったので、この習慣は妻と暮らし始めてからのものである。 なので、私はカネコアヤノの「季節の果物」という曲を聴くと、妻のことを思い出す。 「優しくいたい  海にはなりたくない  全

        • お疲れ様でした

          先日、私の職場でも定年退職を迎えた方々がいた。花束を受け取って帰る背中は、少し疲れていて、だけど達成感に包まれているように私には見えた。 最後の挨拶で一人の方が「僕は仕事より飲み会が好きだったんだけど、この2年くらいはそれができなくて寂しかった」ということを話した。毎日職場で顔を合わせていたけれど、その時に初めてお酒が好きだということを知った。 コロナ禍で歓送迎会をはじめ、ちょっとした飲み会なども開かれなかった昨今。昼休みは黙食の徹底を命じられ、お互いのプライベートな話を

        • 固定された記事

        『怪物』のラストシーン

          ツーベースヒット

          私の実家には、リビングの広さと不釣り合いなほどの、大きな大きなテレビがある。映画好きの両親が、家でも映画を大画面で見れるようにと張り切って買ったものだ。そのテレビがうちにやってきたのは、私が大学2年生くらいのことだった。 電気屋さんがやって来て、テレビの設置を終えて帰った後、「せっかくだから」と過去に撮影したホームビデオをその大画面で観ようということになった。 私はそのときに初めて、自分の中学時代の部活の試合を見ることになる。というのも、私は野球部に所属していたが、8番バ

          ツーベースヒット

          夏はサザンだ。音楽は自由だ。

          先日見たテレビで、「好きなラブソングはなんですか?」というテーマでトークをしていた。嵐の櫻井君とお源さん(星野源)が楽しそうに話しているのを聞きながら、もし僕がそこに参加していたらどの曲を選ぶかな~と考えていた。絶対あり得ないシチュエーションではあるが、妄想するのは自由だ。 僕はサザンオールスターズの『LOVE AFFAIR~秘密のデート』が思い浮かんだ。きっと最近暑くなって、夏用のパジャマを出したばかりだったからだろう。今年もサザンの季節がやってくる。夏は毎年やってくるの

          夏はサザンだ。音楽は自由だ。

          物語は終わり、生活は続く

          『ローマの休日』の終わり方が好きだ。 オードリー・ヘプバーン演じるアン王女が、グレゴリー・ペック演じるジョー・ブラッドレーと夢のような休日を過ごした後、記者会見の場でお互いの本当の姿で会う。 公の場で、周りの目があるため確信的なことは言わない2人だが、その表情やスマートな種明かし、スピーチ台本を少し外れた受け答えから、彼らが過ごした時間はお互い隠し事があったが、永遠に嘘ではないということを分かち合う姿がなんともいえない。 そしてエンディング。会見も終わり周りの記者もみん

          物語は終わり、生活は続く

          シソンヌを観た後

          なんとなくYouTubeでシソンヌの「別れ」というコントをみた。これが本当にすごかった。「それを観る前と観た後では、見える世界が違う」という映画や本に、年に何個か出会うのだが、まさしくそれであった。 妹を亡くした兄(じろう)とその従兄弟(長谷川)が葬式でスピーチをするという設定。笑いと哀しみという対極にありそうなものが、2人の演技によって表裏一体のものとなり、自由に行き来している感じだった。これまで、「設定が秀逸なコント」や「ワード・フレーズが面白いコント」を色々観たことが

          シソンヌを観た後

          本の帯、どうしてますか?

          趣味が読書なので週一くらいのペースで書店に行く。面白そうな本を見つけたら、それを買って、そのままカフェに行き、カフェラテとチョコスコーンをオーダーする。ちなみにブックカバーは付けない派で、チョコスコーンは温める派だ。そして、席に着いたら早速本を読むのだが、本には必ずと言っていいほど帯がついているので、まずそれをすぐ外す。 僕は本の帯が嫌いだ。まず、それがあることで読みにくい。次に、本棚に並べるときに破けがち。あと、これが最大の理由なのだが、私は本を「作品」として購入している

          本の帯、どうしてますか?

          ビールの飲み方

          「明日はきっといい日になる、いい日になる、いい日になるでしょぉ〜」 と急に歌われても、心の中のおいでやす小田が 「なるかーー!!きっしょい歌ーー!!」 とバタバタとツッコミを入れてしまい、ゆっくりとその曲に耳を傾けることができなくなる。 なぜそう思うのか、冷静に考えてみると、最初からポジティブ過ぎるのは拒絶されてる感じがするからだと思う。なかなか前向きになれないダメな僕を、まずうけとめて、そっと抱きしめて、「何も言わなくていいから」と、できればガッキーに囁いてほしいのだ。

          ビールの飲み方

          大豆田とわ子と矛盾する感情

          「家族を愛してたのも事実、 自由になれたらって思ってたのも事実。 矛盾してる。 でも誰だって心に穴を持って生まれてきてさ、それを埋めるためにじたばたして生きてんだもん。 愛を守りたい。恋に溺れたい。 1人の中にいくつもあって、どれも嘘じゃない。」 ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の最終回で、特に心に残ったセリフだ。このドラマでは他にも、「ひとりでも大丈夫になりたい?誰かに大事にされたい?」とう問いに「ひとりでも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」と答えたり、「最近どう

          大豆田とわ子と矛盾する感情

          繁忙期にはスピッツを聴け

          4月、新年度スタート。忙しい。まぁ忙しい。 引き継ぎ、慣れない仕事、残業。疲れる。でも、スピッツが新曲を出してくれた。 「紫の夜を越えて」 繁忙期にスピッツが新曲を出してくれて助かった。これでなんとか、心を健康に保って、仕事に取り組めそうな気がする。 私はこの前まで、スピッツのつかみどころのない歌詞に少し苦手意識を持っていた。しかし、あいみょんがテレビでスピッツについて話しているのを聞いて、その気持ちがスッキリと解消された。あいみょんはスピッツの歌詞について、「夢の中みた

          繁忙期にはスピッツを聴け

          野田と虎

          「これ、何かに使われるのかな?」2007年、マヂカルラブリーとしてコンビ結成したばかりの野田クリスタルが画面に向かって話す。当時の野田は今よりずいぶんと痩せていて、漫才用のスーツではなく白のタンクトップを着ていた。どこかの舞台袖で撮られたと思われるその古く暗い映像の中で、相方の村上は「使われないよ」と野田の問いかけに笑いながら答えた。「M1の優勝特番で使われるよ」と僕は心のなかで答える。 2020年のM1グランプリで見事優勝したマヂカルラブリーだが、M1の舞台は彼らにとって

          野田と虎

          君の癖はなんですか?

          修学旅行はとても楽しい。しかし、とても楽しいがゆえに、解散した後の一人の帰り道でとてつもないさみしさが襲ってくる。そんな「みんなと一緒にワイワイしていた時間から急に一人になる」というとき、私はきまってイヤホンを耳に入れ、周りの情報を遮断し、ある曲を聴く。それは、星野源さんの「くせのうた」という曲だ。シンプルなピアノの伴奏から始まり、星野さんの素朴な歌声がじんわりと伝わってきて、さみしさが心地よいものとなる。 この曲の最初のほうに「昨日苛立ち 汗かいた その話を聞きたいな」と

          君の癖はなんですか?

          きっかけはニシダ

          先日、お笑い芸人ラランドのニシダがnoteを始めたということを、相方サーヤのTwitterで知った。サーヤはいつもニシダのことを「クズ」「クソ」とディスって周りの笑いを誘い、実際その二人の姿はとても面白いのだが、このときはニシダの初投稿を「流行り廃りに関係のない、熟成された文章だと思います」と表現していた。それを見たとき、相方の感性を大切にしている感じが伝わってきて、全く関係のないこちらまで嬉しい気持ちになったのを覚えている。文章を褒める表現として「流行り廃りに関係のない」と

          きっかけはニシダ