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禍話リライト【雛の池】

Iさんが通う九州の大学にHさんという先輩がいた。
Iさん同様大学院生ではあるが、長く在籍していて界隈では有名な人だった。(一般的な博士課程修了年数は原則3年である)


ある日、実家に何年も帰ってない話を仲間内でしていた。
Hさんは、実家との距離があるのを言い訳にしてしばらく帰っていないと明かした。
もともと関東出身だった彼は頭も良かったので、関東圏内でも大学は選び放題だったはずだ。しかし彼曰く、完全に実家から離れたかったから九州方面を選んだらしい。

「地元でやらかしたんですか?怖い人に目、つけられたとかですか?」

「言ってみたらそうだ」

「え?なにそれ?」

「…おれ、おばあちゃんが好きだったんだけどさ…」

その話は急に始まった。

関東でも山の方の出身だったHさん。
彼の家族の家と、祖父母の家は比較的近くに位置していた。
同じ地域なのだから、子供心に一緒に住めばいいのにと思っていた。
祖父母も足腰が弱ってきていて何があるか分からないので、Hさんは定期的に様子見がてら遊びに行っていた。
昼間は近くの山や川でめいっぱい遊んで、夜は祖母が作ってくれたご飯を美味しく食べる、そんなおじいちゃん・おばあちゃん孝行をしていた。


山は自力で行ける範囲が限られていたりする。ましてや子供なら尚更だ。しかし、小中学生と言うのは好奇心旺盛な世代だ。
当時小学生だったHさんと、一緒に遊んでいた中学生の子は、普段は行かない方面へ少し足を延ばした。
すると沼みたいな開けた場所に辿り着いた。

「沼だ!」

「きったな~」

ヘドロ等で底は見えず、ドロドロに濁った如何にもな場所だった。
その沼の一角に、昔に作られたであろう木の看板らしきものを見つけたが達筆な文字で読めない。
かろうじて「池」の字が読み取れた。

「沼じゃなくて…池みたいだな」

「沼と池ってなにが違うんだろうね」


そんなやり取りをしながら、日暮れも近かったので家路に着いた。
夕飯時に、遠出したことを咎められるかなと思いつつ今日見つけた池の話をした。
すると祖父母は懐かしそうに

「昔あの池はすごく綺麗だったんよ」

「看板になんとか池って書いてあったけど、なんて名前なの?」

「”ひなの池”じゃ」

「そうなんだ~」

かつては美しかっただろうその池に思いを馳せながら、その日は終わった。

2日後、別の子と探索していた時、池の話をしたら何故か相手のテンションが上がって行こうとなった。小さな柵しか無いが、あまり近づかなければ大丈夫だろうとなり、向かう事になった。

「あれ?」

池に着いてみてHさんは驚いた。
池の水がこの前と違って澱んでおらず澄んでいて、これなら泳げるんじゃないかと錯覚させるほどだった。

「ぜんぜんきれいじゃん」
喜んだ友人が池へ近づき、ふざけて水を掛けてくる。
川の流れの関係なのかは分からないが、数日であんなに綺麗になっていたことが不思議で仕方なかった。


Hさんは夕飯時に、池が綺麗だったと祖父母へ報告することにした。

「今日も”ひなの池”に行ったんだけど、この前と違って水がきれいになってたよ」

「へえ、そうだったのかい」
祖母はいつもと変わらず返事をしてくれた。
驚く様子もなかったため、その話はそこで終わった。


その夜─、トイレに起きたHさん。
暗い家の中を歩いていると、ある部屋に明かりが点いていた。
普段なら祖父母も寝ている時間のはずなのに。
(…ここって仏間だっけ)
その部屋からブツブツと呟く声が聞こえる。
どうやら念仏を唱えているようだ。
真夜中という不自然さはあったが、法事のようなものなのかもしれない。

(信心深い祖父母のことだから、普段なら一緒に手を合わせろと誘われる気がするんだけどな)
そう思っていると、

「これだけやったんじゃから、大丈夫じゃろ」

(いったい何の話だ?)

会話の意図が読めない。
モヤモヤしながら、そんな声を後ろ手に寝床に戻って布団にもぐった。
ふと時計を見ると、午前1時だった。

(23時くらいだと思ったのに…こんな時間まで拝んでるの??)
祖父母のことが気にはなったものの、睡魔には勝てず再び眠りについた。


夢を見た─。
自分が崖から身を乗り出している。
危ないと思ったが、誰かが後ろからHさんを掴んでいるので落ちる心配は無さそうだった。
支えているというよりは、頭を抑えて下を見ろと言われているようだった。
落ちるのではと言う恐怖と戦いながら覗き込むと、その先には汚い沼があった。
高低差はないものの、落ちたらヘドロで溺れるかもしれない。
絶対に落ちたくはないので黙って従うが、まるで反省させるかのように強く頭を抑えてくる。

(いったい何を見てればいいんだ?)

よく見れば池からは、まるで呼吸をしているかのように気泡が湧いていた。
いや、むしろ何かが沸騰しているようにボコボコと湧き上がっている。

(危険なガスとか出てんじゃないの?)

ずっと見ているとその気泡とは別に、何かがゆっくりと回りながら浮いてきている…どうやら3つあるようだ。
頭をきつく抑えられているせいで視線を逸らせず、見続けていたその時、不意に池が綺麗になり浮かんでくるものがようやく分かった。
それは雛人形の頭だった。


思わぬ恐怖に飛び起きると、まだ祖父母たちは戻っていない。
時刻は丑三つ時─。
部屋を出るとさっきの仏間に明かりが灯ったままだ。
夢の恐怖から逃れようと、仏間の襖を開け放して中へ駆け込む。

「じいちゃん、ばあちゃん、あの!」

「今見たものは絶対に話すな!!」


普段は優しいはずの祖母。その祖母が、豹変したように怒鳴ってきた。
突然の怒号に気圧されたHさんは「はい」と小さく返事を返して、布団にくるまって朝を迎えた。
翌朝、恐る恐る台所に行くと祖父母はいつもと変わらない様子だった。



「ちょっと待って。その話、いま聞いて良いの?俺ら」

Iさん達はHさんの話を遮った。
Hさんの祖母が誰にも話すな、と警告した話を俺たちは聞かされている…。

「実家じゃなきゃ良いみたい」

Hさんは軽く答える。
以前、酔った勢いでこの話を大学内の別の後輩にしたことがあった。
うっかり話してしまったが、特になにもなかったらしい。
祖父母は未だに元気で、お中元やらお歳暮のやり取りも続いていた。


「地元で話してたらアウトだったかもしれないけど、こっちで話す分には良いみたいだからガス抜きにね。
親にも何かしら理由付けて、帰ってないんだ…たまにプレゼントとかは送るけどね。あの出来事が気持ち悪くて、高校から地元を離れてるんだよ。今までに何人かに話してるけど、大丈夫だぞ」

「勘弁してくださいよ~。ばあちゃんのくだりからダメかと思ってましたよ」

怖い話だけど、それは戻らない方が良いですよと笑いながらその場は済んだ。


その後、Iさん達は無事卒業し、大学の近くで就職も決まった。
それぞれ社会人になり、忙しい日々で疎遠になる中。
Hさんの沼の話を一緒に聞いた仲間からI さんに連絡が入った。

「あの人、死んじゃったらしいよ」

「え…なにそれ?」

「とにかく死んじゃったらしいんだ…」

「確かに健康的ではなかったけど、でもそんな病気する年じゃないでしょ?」

「それが違うらしいんだよ。あの人こっちで就職したじゃん?結婚もしたから、久しぶりに実家に帰省したらしいんだよ…。
俺も詳しくは分かんないんだけど…2日後くらいに、実家近くの山で亡くなったらしいんだよ」

「え!?」

「だからあの人、実家帰ったから死んじゃったよ!」


何かしらの事故で亡くなったのならば、調べようもあるがあえて調べてないと彼は言う。

「山の中の…あの沼で死んだなんて分かったら嫌じゃないですか…」

結局、どこで話をしようと、どれだけ離れて暮らそうと、沼の何かからは逃れられなかった。
そんな気がしてならないと、Iさんは締めくくった。



このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/07/15放送「禍話インフィニティ 第三夜」48:40頃~のものです。



参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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