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禍話リライト【バスの忘れ物】

30代女性Bさんが、高校生の頃に体験した話。
彼女は普段、バス通学をしていて、左側の1番前の席に座るのが好きだった。


その日は雨で、いつもより乗車率が高かった。
それにも関わらず、お気に入りの席は空いていて、バスに揺られながら景色を楽しんでいた。

ふと、運転席の真後ろの席を見ると忘れ物があった。
とてもカラフルな眼鏡で、洋服も気を使わないと全体のバランスを取るのが難しい、そんなデザインの代物だった。
(オシャレ眼鏡なのかな?)
そんな感想を抱いた。
満員に近い混み具合だったし、見て見ぬふりをしてバス停を何個か過ぎた時、降車するお客さんが気付いて、運転手にそれを渡した。

「座席の上にありましたよ、忘れ物かもしれません」

(1番前の席にあったし、そりゃあ誰かが気付いて渡すよね。
 世の中ちゃんとした人がいるもんだなぁ)

そんなことを考えながら、Bさんは2人のやり取りを眺めていた。
眼鏡を預かった運転手は、運転の妨げにならない場所に置いてバスを発進させた。

バスは何事もなく進み、1人、2人と降りて行き、最終的に乗っているのは自分だけになった。
乗車時は賑わっていた車内も、いまや窓を打つ雨音だけが支配する空間に成り変わっていた。
そんな、景色と停留所を知らせるアナウンスだけが淡々と流れる特異な空間に、別の物が混ざっていることに気付くのにさほど時間はかからなかった。

「 …… ……… 」

自分1人しか乗ってないのだから、最初は気のせいかと思った。
声の出所を探ると運転手だった。
始めは自動アナウンスに続いて、降車場所を言ってるのかと考えたが、そうではなくずっと何事かブツブツ呟いてる。

「…   ……  ………」

Bさんの場所的に、聞き取れる距離なのに一向に聞き取れない。
(独り言が多いタイプの人なのかな?)
それにしても何か違和感がある。
それとなく観察していると、さっきの落とし物の眼鏡を右手に握りしめ、左手だけでハンドル操作をしている。
そうかと思えば、今度は胸ポケットに入れて見たりと終始、身体の一部に眼鏡が触れていないと落ち着かない…そんな印象を受けた。

(なんで?なんで?)

運転手の奇行は続いたが、停留所ごとのアナウンスはしっかり行っている。
それが余計に気持ち悪く感じた。
ましてや乗客は彼女1人きりである。

(勘弁してよ…)

自分が降りる停留所をこんなに待ち遠しく感じたことはなかった。
そんなとき

「… … … …」

運転手の独り言にメロディのようなものが付き始めた。
歌っている。

(もう無理……!)

いよいよ我慢の限界に達したBさんは、たまらず降車ボタンを押した。
本来降りる停留所はまだ先なうえに、雨は勢いを増して降り続いている。
傘を差してもびしょ濡れになるだろう。
それでも、このまま乗り続けるにはあまりに異様な空間だった。

運転手のことは出来るだけ意識しないようにステップを降りて、家路を急ぐ。
降り注ぐ雨に打たれながらため息を漏らす。

(なんでこんなことに…)

意気消沈しながらふと顔を上げる。
見通しのいい直線道路。
青信号にも関わらず、さっき降りたバスが交差点手前で停まっている。

(え?なんで行かないの?)

目の前の光景に思わず歩みを止める。
霧のように降る雨の中、最後尾の座席に人影が見える。
それは独り言を呟いていた、あの運転手だった。
それを見た瞬間、Bさんは全速力で逃げ出した。
バスの停まっている方向が近道なのだが、当然通れるはずもない。
公園を横切り、大きく遠回りしながら家まで走った。
家族にびしょ濡れな姿を問われたが、とても答えられる余裕は無かった。

(なんなの…最悪だよ…)

自室で着替え終わり、カバンから教科書を出していた時、学生証が無いことに気付いた。
いつも入れてある場所に無いのだ。バスの定期とは違う場所に入れているから落としたとも考えにくい。
問題は、その学生証が無いと校内に入れないという事だ。

(どこで落としたんだろう…困ったな…)

その日の行動を思い返していた、夜8時頃ー。
バス会社から電話が掛かってきた。
学生証に自宅の番号を書いていたのが幸いしたらしい。
明朝、取りに行く約束をしながら、どこで落としたのか心底不思議だった。
余程、運転手の言動に動揺して、カバンから落ちてしまったのか…。
どうも腑に落ちないし、個人情報の塊をあのバスに置いてきた事実も気持ち悪かった。


翌朝──
学校は休みだったので、母と一緒にバス会社に取りに行った。
一応謝罪し、学生証を受け取る。

(…あれ?)

学生証に違和感を感じた。
手元に戻ってきたそれは、前よりも厚みが増した感じだった。
定期入れとは別にカバーをしているのだが、間に何かが挟められている。
見ると、それは知らない女の人たちが写ったプリクラだった。

(なんでこんなものが…)

そしてBさんは気がついた。
そこに写る1人が、あの落とし物の眼鏡を掛けていることに。

写っている女性が誰なのか。
あの眼鏡は何なのか。
なぜ学生証が落ちたのか。
あのバスの運転手の奇行とどのような因果関係があるのか。
すべて分からず仕舞いだ。
ちなみに、なぜかBさんは今でもそのプリクラを取っておいているという。






このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/04/22放送「禍話アンリミテッド 第十五夜」30:20頃~のものです。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様

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