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禍話リライト【忌魅恐NEO「若い学生さんがステッキを持っている話」】

人との関わりが少ない昨今、引っ越しの際にご近所への挨拶回りなども減ってきている…マンションやアパートなら尚更だろう。
自治会やらイベントがある所ならば、住人と顔を合わせる機会もあるだろうが、大体は一期一会になりがちだ。
そんな挨拶の折に、観察眼が鋭いと怖い目に遭ってしまう……。
Wさんの体験談も、そんな話である。


大学進学を機に、学生マンションで1人暮らしを始めた。
角部屋だった為、1部屋で済むからと隣の部屋に引っ越しの挨拶に行った。
出て来たのは自分と同い年くらいの男性で、内心ホッとした。
その際、たまたま玄関先に置いてあった傘立てに目がいった。
そこには、頑丈そうなステッキがあった。
(見た目は普通そうだけど、どこか不自由なのかな?)
そんな感想を抱きながら、卒なく挨拶を済ませて自室に戻った。

授業などに追われる中、騒音トラブルもなくあっと言う間に1ヶ月が過ぎ、迎えたGW。
たまたま隣の人が外を歩いてる様子を見掛けた。

(あれ?普通に歩いてるな…
てっきりあのステッキは彼のだと思ってたけど、違うのか。親しくないのに詮索するのも失礼だし、まいっか)

3日後—
マンションから少し離れたところにあるゴミ集積所に、ゴミを捨てに行った夜。
マンションに戻る道すがら、隣人に似た人がエントランス付近に立っていた。

(暗くてよく見えないけど隣の人だよな…挨拶した方が良いかな?)

そう思いつつ距離が縮まっていくと、彼はマンションの外階段を見上げていた。

外階段は無機質な造りで、見ていても特段面白くはない。
自分もゴミを持っていたので、エレベーターじゃなく外階段を使ったのだが、これと言っておかしな所は無かった。

(何をそんなに見てるんだろう?)

改めて見た彼は、両手でステッキを持っていた。いや、正しくは大事そうに抱き抱えていた。

顔が認識が出来る距離まで来たので声を掛けた。

「今晩は」

「こんばんは!」

挨拶の後も、変わらずステッキを抱き抱えて外階段を見上げている。
軽く会釈をして通り過ぎ、エレベーターで自室に戻る。

(ステッキ抱えてた?見た目は普通だけど…変わった人なのかな…?
でもあんな風に持ってるって事は、遺品とかなにか大事なものなのかも)

時は過ぎ、夏休みが近づいてきた頃—

その日は来客があったようで隣の部屋が賑やかだった。
どうやら、雰囲気的に両親か家族が遊びに来ているらしかった。
しばらくすると、何やら言い争うような声が漏れ聞こえてきた。
壁の厚みがしっかりしてる為、普段は生活音が聞こえないので余計に気になって聞き耳を立ててしまう。

詳細はわからないが、部屋のものに触るなと注意しているような印象だ。
そんな彼を、父親だろう男性がいさめる声が聞こえる。

しばらくすると争いは収まり、皆で外に出て行く様子だった。
覗き穴で見てみると、やはり両親のようだ。
外食でもするのだろうか。
エレベーターに向かいながら、父親が「あのステッキは何なんだ?」と質問する声が聞こえた。

(え?親も知らないんだ。って事は遺品とかじゃないんだ……)


そんな事があって、しばらくしてから知人に何処に住んでいるのか聞かれた。

「○○ってとこで、家賃安くてやったぜって思ってたんだけどさ」

「え!○○?今住んでんの?…あ、いや今は大丈夫なのか」

「何が?」

「名前も変わってるし、今は大丈夫か。
前は違う名前だったんだよ。外壁も塗り直して綺麗になってるから良いと思うんだけどな」

「え…」

「街ぐるみで解決したって聞いたんだけど…
前な、変な宗教団体が住んでて良くないことをしてたらしいんだよ」

「そ、そうなの?」

「警察も介入して解決したし、お前も住んでて変な事とか無いんだろ?」

「変な事は無い…」

そう返しながらも、あのステッキが脳裏に浮かんだ。

いよいよ迎えた夏休み。
程度の差こそあるが、1か月以上あるのでしばらく実家に帰省することにした。
実家を満喫して帰ってくると、たまたまマンションの管理人に会った。

「いや~大変だったんですよ、お隣」

「え?」

「夜中に非常階段から転落しましてね」

「転落!?」

「そうなんですよ、ほら」

管理人が指さした先には、防犯カメラを映すモニターがいくつか置かれていた。
防犯対策で、エレベーターと非常階段が映るように設置している。
警察の要請もあって、その日の映像を確認すると確かに転落する姿が映っていた。
まるで、自分から落ちるような姿が。

「理由が分からなくてね。酔っぱらってた感じでもないし。
それで結構な怪我をしちゃいましてね、ここ段差が急だし、コンクリート打ちっぱなしでしょ?」

確かにここの非常階段は急だと感じていた。
転んだらコンクリートに直撃なので、いつも手摺を使って降りていた。

「そういう訳で、警察が調べたんだけど、まあ事故だろうってことになって。君にも事情を聴こうと思ったみたいだけど、帰省してて留守だったからね。警察がメモをポストに入れてったけど、気にしなくていいからね」

「それでお隣は大丈夫なんですか?」

「命に別状は無いんだけど、しばらくは松葉杖が要るかな」

「松葉杖…」

「たまたま近くにいたから駆けつけたんだけど、あんなになっちゃったらね。わざと落ちるなんて、まさかそんなことはしないよねえ…。
まあ見かけたら気にかけてあげて」

「…わかりました」

正直、まったく状況が呑み込めなかったが、あまり詮索しないようにその場を後にした。


夏休みがあけて、1週間—。
隣はまだ入院してて留守だったが、自ら落ちたらしいという話がなんとも気味悪く、夜に寝付けなくなり、昼夜逆転生活になりつつあった。
講義には何とか出席するが、睡魔に襲われて昼休みにうたた寝をする。
それが仇となり、また夜眠れない。
そんな頭がフワフワした状態が続いていた。

思考回路が緩慢な中、翌日が空き缶回収だったことを思い出した深夜ー。
空き缶を持って、いつものように非常階段でゴミ捨て場に向かう。
例の事故現場に差しかった。コンクリート打ちっぱなしの階段。

(ここから落ちたと思うとなんか嫌だな…エレベーターで降りるか)

方向転換しようとした時、下から誰か上がってくる気配がした。
見ると、隣の人だった。

(え?退院したのかな?)

普段着のような、入院中のようなどっちか分からないラフな格好をしていた。
彼の手には、あのステッキが!
まるで念願のおもちゃをようやく買ってもらえた子供のように、満面の笑みで握りしめている。
しかも怪我をして間もないはずなのに、結構な速さでダンダンダンと音を立てて上がってきている。
その様が怖くて、空き缶を放り出し全力で部屋に逃げ帰り、鍵をかけた。

(部屋まで来たらどうしよう)

しかし、その心配はなかった。
どうやら階段を昇り降りしているようだ。
相変わらず大きな音を立てている。使えることが嬉しくて仕方ないかのように。
こんなにも音が響いているのに、誰一人としてドアを開ける様子はなかった。


この日を境に、杖を突く音が苦手になってしまったWさん。
たとえゆっくりトントンと突いていても、それが急に速くなるのではないかと気が気ではなくなってしまうそうだ。
彼の知人が語った奇妙な団体との関連も不明である。


このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2024/05/25 放送「禍話インフィニティ 第四十五夜 1:08:52頃~のものです。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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