
暗黙知と「モジュール化された知識」について
暗黙知と「モジュール化された知識」には、対照的な性質がありながらも、興味深い関係性があります。それぞれが知識の伝達や活用においてどのように機能するかを以下で整理してみます。
1. モジュール化された知識とは
モジュール化された知識とは、特定の役割や機能が独立した部品(モジュール)として設計され、それらを利用者が理解しなくても操作可能にした仕組みを指します。
• iPhoneの例
• iPhoneを使う際に、ユーザーはiOSの内部構造、アプリのプログラミング、アーキテクチャの詳細を知らなくても、直感的な操作で使えます。
• モジュール化されたデザインにより、複雑な仕組みが隠蔽(抽象化)され、ユーザーは簡単に使える。
2. 暗黙知との違い
(1) 透明性 vs. 抽象化
• 暗黙知
暗黙知は、経験や直感に基づく「隠れた知識」で、形式化されていないため、外部から見えません。しかし、所有者自身がそれを使いこなしています。
• 例:熟練の職人が感覚的に行う作業(正確な手の動きやタイミング)。
• モジュール化された知識
モジュール化は、内部の複雑性を抽象化し、ユーザーには見せないことで利便性を高めます。ただし、これらは形式知として設計者に共有されています。
• 例:アプリのアイコンをタップするだけで高度な処理が実行される。
(2) 利用の前提知識
• 暗黙知
暗黙知を利用するには、経験や実践を通じてスキルや感覚を獲得する必要があります。それを使えるのは、所有者自身に限定されがちです。
• 例:漁師が海の状態を見て天気を判断する。
• モジュール化された知識
モジュール化された知識は、利用者が基礎的な操作さえ学べば、複雑な知識がなくても活用できます。
• 例:iPhoneの操作説明書を読めば誰でも使い始められる。
(3) 知識の共有可能性
• 暗黙知
暗黙知は共有や形式化が難しく、特定の人や場面に依存します。それが唯一無二の価値を生む場合もありますが、伝達の障壁が高いです。
• 例:大工が道具の持ち方や木材の感触を教えるのは難しい。
• モジュール化された知識
モジュール化された知識は、あらかじめ形式知として設計・整理されているため、簡単に多くの人に共有可能です。
• 例:iOSの設計思想を理解しなくても、アプリのUIデザインガイドラインを活用してアプリを開発できる。
3. 暗黙知とモジュール化された知識の補完関係
(1) 暗黙知がモジュール化を支える
モジュール化された知識の基盤には、設計者や開発者の暗黙知が不可欠です。
• 例
• iPhoneの直感的なUIデザイン(ピンチ操作やスワイプなど)は、開発者の「ユーザー行動への深い理解(暗黙知)」に基づいています。それを形式化することで、多くの人が使いやすい設計が実現しています。
(2) モジュール化が暗黙知を拡張する
暗黙知に基づくスキルや判断を形式化・抽象化することで、他の人々がその恩恵を受けられるようになります。
• 例
• 医療機器の操作:高度な専門知識を持つ医師の判断基準がアルゴリズム化され、簡単な操作で医療診断が可能になる。
(3) 暗黙知が失われるリスク
モジュール化によって複雑なプロセスが抽象化されすぎると、元々の暗黙知が失われるリスクもあります。
• 例
• ナビゲーションシステムの普及によって、地図を読む能力や方向感覚(暗黙知)が衰える。
4. 想像力の役割
暗黙知における想像力
暗黙知を活用する際には、状況や変化を予測するための想像力が必要です。熟練者はその想像力によって複雑な状況に対応します。
モジュール化された知識における想像力
モジュール化された知識は、想像力を発揮するための「ツール」として機能します。
• 例
• 写真編集アプリでは、ツール自体はモジュール化されているものの、それをどう使うかはユーザーの想像力に依存します。
5. 結論
暗黙知とモジュール化された知識は対照的な性質を持ちながらも、相互に補完し合っています。暗黙知はモジュール化された知識を設計・改良する基盤となり、モジュール化は暗黙知を他者に共有可能にします。
ただし、暗黙知の深さ(特定の状況に依存した想像力や直感)はモジュール化によって完全には形式化できない部分が残ります。このように、暗黙知とモジュール化された知識は独立したものではなく、技術や文化の進化において共に重要な役割を果たしています。