
初の京都開催となった「アジア オーケストラ ウィーク2024」公演レポート
こんにちは、日本オーケストラ連盟です。
10月に「アジア オーケストラ ウィーク」を初めて京都で開催しました。
シンガポール交響楽団と京都市交響楽団が参加し、京都コンサートホールにはたくさんの方にご来場いただきました。誠にありがとうございました。
今回はこの2公演と、関連企画として開催した「シンポジウム&ミニ・コンサート」のレポートをお届けいたします。
「アジア オーケストラ ウィーク」が13年ぶりに関西で開かれ、京都では初めて、しかも東京を含まない単独都市での開催となった。2003年以来2度目のAOW登場となるシンガポール交響楽団を迎え、ホスト側として京都市交響楽団が出演した。
10月19日(土)シンガポール交響楽団

指揮/ハンス・グラーフ ピアノ/エレーヌ・グリモー
メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」序曲 作品21
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
コー・チェンジン:シンガポールの光
ベートーヴェン:交響曲第5番 「運命」 ハ短調 作品67
10 月19日はシンガポール交響楽団(SSO)の演奏会。2022年以来音楽監督を務める名匠ハンス・グラーフが指揮に登場。メンデルスゾーンの《「真夏の夜の夢」序曲》で幕を開けた。冒頭のハーモニーの構築、その後のヴァイオリンによる細かなパッセージともに、精緻なというよりは、躍動感に重きを置いた表現が続く。グラーフの指揮による造形がオーケストラの響きを外側から繋ぎ止めた。

続くラヴェル《ピアノ協奏曲》では、ソリストにエレーヌ・グリモーが登場。9月にも来日予定だったが、本人の新型コロナウイルス感染で叶わなかったから、今回の登場は彼女のピアノを聴きたいファンにも歓迎された。一時期は強靭なタッチで馬力のある音楽を奏でていた印象の強いグリモーだが、この日に聴かれたのはアンコールを含め、強さもありつつ、極めて繊細な表現だった。オーケストラの演奏は方向性は揃っていて充足感もあった。

2021年のシンガポール建国56周年記念コンサートのために楽団から委嘱された作品だというコー・チェンジンの《シンガポールの光》は、同じ年に発見された新種のホタルが光る様子を投影したもの。クラリネットによる上行音型で始まる小品は、中国のダルシマーである揚琴が象徴的に用いられて音の点減が優しく繰り返される。最後はベートーヴェン《交響曲第5番「運命」》で大団円。演奏会を通じての対向配置は指揮者の意向だろう。理詰めのアンサンブルでなく、緩急豊かにたっぷりとした情感があり、おおらかなアンサンブルの心地よさがあった。第3楽章のトリオでのフガート部分には豊かな表情がつけられ、フィナーレは劇的にはなりすぎず、渦を巻くサウンドで木管楽器が限界まで攻めた。この後に奏でられたアンコールがラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》だというのが、ホルンの1番奏者には気の毒な気がしたが、ヨーロッパで日本でもない「ふわり」としたサウンドが感じられて、独自の魅力が生まれたのは、どの曲とも同じだった。
10月22日(火)京都市交響楽団

指揮/大友直人 箏/LEO
伊福部 昭:SF交響ファンタジー第1番
宮城 道雄/池辺 晋一郎:管弦楽のための<春の海>
今野 玲央/伊賀 拓郎:松風
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68
10 月22日は京都市交響楽団(京響)の演奏会。指揮は2001年から2008年まで常任指揮者を務め、現在は桂冠指揮者である大友直人。伊福部昭の『ゴジラ』ほかの映画音楽をメドレーにした《SF 交響ファンタジー第1番》で開演したが、冒頭から精緻かつダイナミックなアンサンブルで怪獣の響演が繰り広げられた。18年前に亡くなり、生きていれば110歳だった伊福部がもし聴くことができたならば、ハニカミつつもニンマリとしたであろう様子が想像できる演奏で、スケールが大きく、なおかつ細部は彫琢の限りが尽くされていた。

続く池辺晋一郎が1980年に編曲した宮城道雄《春の海》のソリストにはLEOが登場して、鮮やかな箏の響きを聴かせる。フルートやオーボエとの掛け合いが見事だ。ここに組み合わされたのがLEOの自作(本名の今野玲央でクレジット)である《松風》で、伊賀拓郎が弦楽を加えたバージョンが演奏された。箏の音に呼応する弦の響きが美しい音楽だった。LEOはどちらもスタンダードな十三絃で演奏。ただし調弦の関係もあったのか各曲ごとに楽器を差し替えた。

後半はブラームス《交響曲第1 番》。こちらも冒頭から彫りの深い響きが、大友と京響の対峙によって生まれた。第2楽章のヴァイオリンのソロで特別客演コンサートマスターの石田泰尚がこの上なく美しい音の連なりを聴かせた。第3楽章ではクラリネット首席奏者の小谷口直子がキビキビとしたテンポで先導する。第4楽章でホルン首席奏者の垣本昌芳が朗々と吹き、フルート首席奏者の上野博昭へとバトンを渡した。コーダでは突き進みつつも燃焼度の高い演奏が繰り広げられ、大友の指揮が凝縮の強いサウンドを引き出す。大満足の「ブラ1」だった。

10月20日(日)シンポジウム&ミニ・コンサート
AOW関連企画として10月20日に開かれたのが「シンポジウム&ミニ・コンサート」(ヒューリックホール京都)。冒頭は先に名前を出した京響の首席クラリネット奏者の小谷口直子が、非常勤講師を務める京都市立芸術大学の教え子たちとともにモーツァルトを2曲演奏した。
オーケストラの社会的役割、地域、コミュニティ、教育への役割をテーマとするシンポジウムはまず基調講演として、シンガポール交響楽団の副CEOで企画制作責任者のコク・ツェ・ウェイと同団芸術管理部門アシスタントマネージャーのジョディ・チェングが登壇。包括的に活動の様子が紹介された後、「一緒に集まって共通の思い出をつくる」「音楽の変革力を体験する」「音楽との個人的なつながりを築く」の3 つの成果の達成を目標とするコミュニティ教育プログラムについて「すべてのセグメントで関わって、どういう対象なのか考慮すること」の重要性が報告された。
京都市交響楽団からは事例紹介として、ゼネラルマネージャーの森貴之と同チーフプロデューサーの髙尾浩一が登壇。楽団の歴史、日々の活動を紹介して、2019年に策定した「京都市交響楽団ビジョン」で「身近な存在として市民に愛され、誇りとされるオーケストラ」「文化芸術都市・京都の象徴となるオーケストラ」「世界に向けて最高の音楽を発信し続けるオーケストラ」を掲げている通り、2026年に創立70周年を迎える京響は、音楽芸術文化が末長く多くの皆様に愛され、楽しんでもらえるような取り組みを引き続き努力して続けていきたいと締め括った。
パネル・ディスカッションにはSSOと京響の発表者のほかに、京都市立芸術大学音楽部・大学院音楽研究科教授で、ホルン奏者の村上哲がパネリストとして参加し、モデレーターを公立小松大学国際文化交流学部准教授の朝倉由希が務めた。SSOの取り組みの中で、明確な戦略があることと、それによる成果を示していること、その上でリサーチ結果が明確に出ていることを指摘した上で、様々な議論があったが、村上が「京都生まれで京響の鑑賞会を小学生で聴き、中学でも京響団員による講習会を受け、高校生の頃には京響の定期演奏会に通い、その後は京都市立芸術大学に進んで京響の団員となった。他のオーケストラにも所属したが、最後に京都市立芸大の教員になった」として、「私自身が京都市の文化行政の中で生きてきた感覚がある」とこれまでの音楽家、音楽大学教員としての経験を述べたのが印象的だった。

文:小味渕 彦之(音楽評論家)
〈開催概要〉
令和6年度(第79回)文化庁芸術祭主催公演
アジア オーケストラ ウィーク2024
10月19日(土)、22日(火)@京都コンサートホール 大ホール
10月20日(日)@ヒューリックホール京都
主催:文化庁 共催:日本経済新聞社
特別協賛:新菱冷熱工業株式会社
後援:京都府、京都市、KBS京都
協力:京都市立芸術大学、otonowa、
コジマ・コンサートマネジメント、日本旅行
制作:日本オーケストラ連盟
2024年11月30日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.115 40 ORCHESTRAS」より
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