箱の中の共鳴
一人で楽しめる場所って、案外限られていると思う。
テーマパークも飲食店もカラオケも、大抵大人数で楽しそうにしている人がいて、自分みたいなおひとり様はそれだけで居心地が悪い。
居心地の悪い思いをする度、高校で友達も無くただ勉強しかしていない自分が、この先大学に行ったところで誰かと分かり合えたりするのだろうかと不安になる。サークル活動を楽しむ同級生を片目に、そそくさと帰宅する自分が容易に想像できてしまってぞっとする。
そういう時はイヤホンで耳をふさいで、音楽の世界に没入した。曲に包まれていると俺の不安も落ち着いてくれるから。
そんな、友達のいない俺がたどり着いたのがこのライブハウスだった。
ふと、夜にふらっとこの場所へ足を運んだのだって、孤独がゆえの衝動だったんだと思う。誰とも繋がれない自分がせめて轟音の中、同じく音を聴きに来た人たちと何かを共有したい。そんな衝動。
出入り口付近で固まっている数人の集団にビビりながら、ここまで来たんだしと己を奮い立たせて重い扉を押し開ける。受付で「チ、チケット欲しいんですけど」と告げればスタッフの金髪の女性に「2000円と、あとドリンク代500円になります」と言われ、よく分からないままにチケットの半券とドリンク交換券を手に入れた。
少し煙っぽいような会場に入ると丁度転換中だったのか、客席にはささめくような話し声があふれていた。一人の客も多少はいるけれど、ここでも俺は居心地の悪さに孤独を深くする。もう、ドリンクでも貰って帰ってしまおうかな。そう思っていた時、密かに壇上に登ってきた女の子を目にして俺は困惑した。だってその子はあまりにも、あまりにも凡庸だったから。
*
「目当てのバンドは誰っすかー」
そう言って今日もあたしはチケットをもぎる。通っている大学近くの小さなライブハウスでバイトを始めたのは、諦めきれない期待からだった。
あたしは元々V系バンドが好きだった。今ではすっかり過去のブーム扱いで、友人に言っても微妙な反応しかされないけれど。奇抜な格好で様々な感情を叫ぶ彼らを、純粋にかっこいいと思うのだ。
なのにどうだ、今の音楽はどれもオシャレすぎる。
なよなよした男が恋だ愛だ君に届かない、そんなしみったれた感情を軽快なポップスに乗せるだけ。ほんとつまんない。
ままならない感情を咆哮のように歌い上げる、ひりつくような叫びこそがロックなんじゃないの。そんなバンドはもう出てこないのだろうか。
なんてずーっとイライラしながらチケットを引き千切ってる。
フロア後方のドリンクカウンターで、あたしは客用のお酒を作りながらぼんやりステージを見ていた。
マイブラもどきの男女混合シューゲイザー、高校生のコピバン、お世辞にも上手いとは言えない発音で洋楽の弾き語りをする男。
それらを冷めた目で見つつ次の出演者を待つ。
唐突に、しん、と一瞬空白の間が起こった。
ステージに立ったのは女の子。別にそれだけだったら驚くことでもない。女性ソロシンガーもガールズバンドもいっぱいいる。
だがその女の子の出で立ちはなんともナチュラル……というか、野暮ったかった。
厚手の綿パーカーとロングスカートはくすんだような灰色、足元は履きつぶしたスニーカー、黒い伸びっぱなしの前髪は目の下までかかっていて顔が見えない。
彼女からはステージに立つという覇気も何も感じられなかった。……正直、へんな子が迷い込んでしまったような違和感。
ボソボソとその女の子は声を紡ぐ「えと、あの……歌います」
バンドメンバーすらいないという事は、録音した伴奏音源を後ろで流すのだろう。
最近いるよね、音楽制作アプリちょっといじったくらいでクリエイター気取ってるやつ。
ギィン、と。てっきりよくあるボカロ調の電子音かと思ったら、エレキギターの歪んだ音が響いた。
うねるような轟音と共に、体の奥底が釣られて沸き立つ。
その外見からは想像もつかない、張りのある声に目を見開いた。
「自分の事、さらけ出したいのに見られたくなくて」
という歌詞をステージで叫ぶ彼女は、いまどんな心境で歌っているのだろう。
激しくがなるような、いっそ悲痛とも取れるサビから徐々に静かな旋律へと変化していく。
さながら、燃え滾る激情を昇華したような。
「ただ、誰かの記憶に残りたいだけ」
独白のような声と共に、ふっとステージが暗転する。もう、彼女の姿はどこにも見えない。
――奇妙な夢を見てしまったような感覚。
そしてその夢から急に突き放されたような、まるで置いて行かれたみたいな心細さ。
客席に照明が戻り、なのにまだ現実に心が戻ってこない。
先程までの、知らない森の中へ迷い込んでしまったような感覚にまだ浸っていたかった。なんて感じてしまっている自分に気付いて、あたしは笑みをこぼした。
「……なんだ、居るじゃん」
不器用な奴の心に響く、いっそ貫くような、そんな叫びを歌う人がさ。