芸術と歴史とバリアフリー
先日、熱海の温泉に行った帰り道、小田原の江の浦測候所に立ち寄りました。学生時代の友人が館長を務めているので、いつか足を延ばしたいと思っていた場所でした。
江の浦測候所がどのような施設であるのか、名前からはにわかに想像しにくかったのですが、一言で言うとすれば、芸術家、杉本博司氏による、時代、空間、建築を自然と融和させた壮大なインスタレーション、といった感じでしょうか。他に類を見ない施設ですので、是非一度、足を運んでみてください。
できれば、電車で行かれることをお勧めします。なぜなら、最寄り駅である根府川駅は、鉄道マニアの間では有名な駅だからです。JR東海道線を降りてホームに降り立ったら、目の前は遮るものが何もない水平線で、思わず「え?」と声を上げてしまいました。木造の駅舎は無人で、そこだけ昭和初期から時が止まっているような風情があります。友人の話によると、小田原文化財団を立ち上げ江の浦観測所を設計した杉本博司氏は、この駅に歴史遺産的な価値を見い出し、エレベーターやエスカレーターなどを設置しないよう切願したと言います。
私はこの話を聞いて、名古屋城をめぐる問題を思い出していました。もともと戦後に建て直された名古屋城の老朽化に伴い、この際オリジナルに忠実に復元しようという提案がなされましたが、バリアフリー設備を備えるか否かで、住民がバトっているという話です。
そういえば、海に臨む斜面に造られた江の浦観測所も、80代の母には厳しい階段が多かったり、ひとつ間違えば海に真っ逆さまみたいな危険な場所には、立ち入り禁止の目印となっている小さな石ころが置いてあるだけで、安全のための柵などは一切ないのでした。あくまでも、美的価値を損なうものは限りなく排除されていたのです。
ただ、名古屋城と根府川駅と江の浦観測所のケースは、同列に並べて比較できるほど単純ではありません。なぜなら、その施設に公的資金、つまり税金が費やされているか否か、そして、その施設が地域の住民の生活に密接に関わっているか否かなどの条件によるからです。
例えば、江の浦観測所は杉本氏個人の私的財団によって建てられ維持されている施設なので、極端な言い方をすれば、誰からも文句を言われる筋合いはないのです。根府川駅は、おそらくJR東日本の所有物件だろうとは思いますが、公共交通機関なので、地域住民の生活に密接に関わってきます。根府川駅を使わなければ通勤や通学に行けない、または買い物に行けない、という人が声を上げれば、バリアフリー化を考慮せざるを得ないでしょう。実際、80代の母が、エスカレーターやエレベーターのないこの駅を日常的に利用できるとは思えません。名古屋城は、自治体の管轄だとは思いますが、地域の住民の日常生活にはなんら関係がありません。
去年、イタリア中部トスカーナ地方のシエナという街を訪れました。世界遺産に登録されており、13世紀の様相を限りなくそのまま残しています。私が宿泊した築800年の4階建アパートは、電気水道こそ完備されてますが、冷暖房もエレベーターもありませんでした。道は当時のままの石畳で、しかも坂や階段が多く、滞在中、車椅子の人を一人も見かけませんでした。外を歩く老人の姿もほぼ見かけなかったので、どうやって生活されているのか気になるところです。
イタリアの多くの地域がそうであるように、シエナの産業は観光業です。街ごと世界遺産であること、それを観に世界中から人が訪れることで自分たちの生活が成り立っていることなどから、住民は自分たちの生活の利便性との折り合いをつけてやってきたのでしょう。
母と一緒に出歩くと、エレベーターやエスカレーターの有無や設置場所から、その施設の苦肉の策が垣間見られます。特に駅などは、駅舎やホームの設計上ここしかなかったんだろうというような分かりにくい場所にあることが多いです。当然、私は母の目線で行動しているので、がっかりしたり、腹が立ったりすることも少なくありません。
しかし、その母自身、30年前にシエナを訪れたことがあり、石畳のカンポ広場をはじめ、ジェラートやプロシュートを食べたお店など、中世の空気をそのまま纏ったような街並みとそこを歩いた経験を、大切な絵本の一ページのように、今でも鮮明に覚えております。急勾配の坂が多く、路面も整備されていないので、今の母には厳しいと思いますが、母といつか一緒にあそこへ行けるように、石畳の一部をスロープにして欲しいとは思いません。それは、時代を超えて存在するものに対する畏敬の念があるからです。
歴史的価値と美的価値とバリアフリー化の折り合いをつけるのは痛し痒しという感じで、答えを出すのは難しいと思いますが、協議にあたる代表者が、お互いの立場を思う想像力を持てる人であることを願います。