『過去』『見返り』『増えるツンデレ』
さや香さん主催の「心灯杯」参加作品のため有料設定ですが、すべて無料で読むことができます。
お題は3題噺。テーマは『過去』『見返り』『増えるツンデレ』の三つです。発表していい期間が12月1日からすでに始まっていて、受付期限はいまのところ(R2.12.5)まだ未定のようです。
いくつか参加手順がありますので、参加してみようかなと思った方は上のnoteをご確認ください。
さて行きましょ!
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「君もご存じの通り、私はツンデレが大好きなのだよ」
博士は今日も今日とて自分の性的趣向を大っぴらに語ることに抵抗がないようだ。ちなみに『ツンデレ』というのは、特定の人間関係において、敵対的な態度と好意的な態度の二つの性質を持つ様子、またはそうした人物を指す言葉だ。
博士は、もともとは浮世絵が好きで、かの有名な菱川師宣(ひしかわ もろのぶ)の書いた「見返り美人図」に魅了されているうちに、ツンデレ好きになってしまったらしい。
助手であり、この研究所の実質的な所長である私は、作業の手を止めることなく答えた。
「ええ博士がそういう人だというのは良く知っていますよ。でも仕事はあくまでも仕事ですからね。こっちの仕事をきちっとやったうえで、自分自身でいろいろ研究したりするのは好きにやってください」
「……ふふふ。すべては君がいつもそう言って見守っていてくれたおかげと言ってもいいのだろうな。――聞いてくれ。今日、ついに私の長年の研究が形になったのだよ」
「……はぁ、『形になった』ですか」
ツンデレを愛する気持ちが形になる、とは一体どういうことなのだろう。自らの理想の浮世絵でも描くことが出来たのだろうか。そんな私の心配をよそに、博士は机に置いてあった試験管を手に取る。中には青色に光る液体が入っていた。
「聞いて驚いてくれたまえ。私はこの度開発に成功したのだよ。その名も『ツンデレ養成ウイルス』だ。このウイルスひとたび世に放てば、世の中の女性はみなツンデレになってしまうのだ」
「なんですかその恐ろしい兵器は……」
自慢では無いけれど、私は女の子は『デレデレ』なくらい恋してしまっている方が好きだ。ツンデレなど物事を厄介にするばかりでいいことなど一つもない。そんな中、世の女性が全てツンデレになってしまうウイルスなど到底許せるはずがない。人類の敵だ。
「博士、残念ながらそのウイルスは世に出すわけにも、試してもらうわけにもいきません。理由は個人的な主義に反するからです」
「いや待ちたまえ。主義とか主張とかたいそうなことを言ってるけれど、結局はきみがツンデレが好きじゃないだけだろう。そんな個人のつまらない価値観で私のおおいなる夢を潰せると思うなど大間違いだよ」
博士の勢いに圧倒されそうになるものの、気を取り直し、慌てて私は反論する。
「百歩譲ってですよ……、それが私の個人的なデレデレ好きがゆえに反対しているとしてもですよ。そんな危険なウイルスをばら撒いて、うちの研究所からそれが出たと知れわたった日にはどんな非難をあびるかもわかりません。私はここの権利者として命じます! その試験管と研究データを素直に引き渡してください」
「冗談ではない。これは私の命の結晶なのだ! これまでの人生の全てが掛かっているのだ。世の中からツンデレがなくなったらもはやワシではない。そんな要求をのめるものか!」
「では無理やりにでも! デレデレの未来のために!」
私は試験管を奪おうと博士ににじりよる。「結局、ただのデレデレ好きではないか!」と叫びながら逃げる博士を追い詰め、飛びかかった。
だが博士はすでに色々なシミュレーションをしていたのかもしれない。私が飛びかかったのを見るやいなや、彼はその試験管を床に叩きつけたのだ。
すぐにあたりは鼻を針で刺すような刺激的な匂いが充満し、私も博士も地面にのたうち回ることになる。時間にして10分以上、私たちは床と仲良くしている羽目になった。
やっとのことで立ち上がることが出来たとき、意外と、というべきか、特に自分の体などに異変は見られなかった。あれほど主張していた刺激臭も、まるで夢だったかのようにどこかへいってしまった。
「……どうやら失敗だったようですね」
「さあて、それはどうかの。まぁ楽しみにしていればいい……」
そう言いながら博士は逃げるように走り去ってしまった。やはり彼の実験は成功したのか? もはやここにいる意味もない、ということなのだろうか。
次第に冷静さを取り戻してきた私は、流石に博士をこのまま雇い続けるわけにはいかないと思い、事務手続きしてもらいに経理を担当してもらっている事務員の女の子のところにむかった。
「えー退職の手続きですか? それ結構めんどくさい手続きなんですよね、私も今やることなくて暇ってわけじゃないですし――。そもそも今もらってる給料からしたら、事務手続きを私一人でやらされてるのって正直、負担大きすぎると思うんですよねー」
事務の女の子は普段は愛想も良く、気安く私たちの仕事を手伝ってくるれることも多い。良好な関係を気づくことができていると思っていただけに、彼女から否定的な言葉が出てきたときには少しびっくりした。しかし私は、それに続く言葉にまた驚かされることになった。
「――でも、所長がどうしてもっていうのなら、まあやってあげないこともないんですけどね。……いや別にまあちょっと今、ちょうど仕事のキリが付いたっていうか。いや別に所長のためだからっていうわけじゃないですよ……ただ、そういうタイミングだっただけですからね、勘違いしないでください」
そういって彼女は、どこか嬉しそうに博士の退職手続きを進めだした。
――まずい。どう考えてもこれは『ツンデレ』だ。ツンデレウイルスの浸食が始まっている。このままでは博士の野望が実を結び、1億総ツンデレ時代が到来してしまう。そんな世の中が許されるわけがない。人を愛するという崇高な行為に『ツン』など不要なのだ。私の『デレデレ』を取り返さなければ……。
そう心に決めて、私は博士の行方を追った。幸いというべきか、行方探しは時間はかかったが難しくなかった。何せ、誰に聞いても最終的には『デレ』てくれるのだから、何かしらの情報はもらえる。ただ問題は、そこに行きつくまでに一通りの『ツン』を通り越さないといけないところだ。
その上『ツン』と『デレ』の関係は半々ではなく、『ツン』が9に対してやっと『デレ』が1、という程度の比率であることが多いようだった。おかげで大半はつらいばかり。最終的に報われるとしても、過程のつらさがなくなるわけでもない。
この比率も博士の趣味なのかと思うと、『ツンデレ』というものが憎らしくてたまらなくなってきた。早く博士の元にたどり着き、ウイルスを除去する薬を作ってもらわなければ……そうやって博士の足取りをたどり、ついに博士が潜伏しているというホテルにたどり着いた。
「さあ博士。観念してください。あなたは大事なものを盗んでいきました、世の女性たちのデレ心です」
ホテルの部屋には誰だかわからないが、博士と親しそうな女性も一緒にいたが、気にしても始まらない。ズカズカと乗り込んで私は博士を糾弾した。
「どこかのポンコツ警部のようなことを言いよって。ワシはちゃんと残しただろう、『デレ』の分も!」
「少なすぎるんです! せめて半々ならいいのに! わずかにデレが1割なんてほとんど全部ののしられているみたいなものじゃないですか!」
「お前はわかっとらん、1対9の比率こそが黄金比なのだ!」
「そんな勝手な黄金比を作らないでください! そもそも私は『デレデレ』好きですから!」
「いよいよ馬脚をあらわしおったな! このモテ男め!」
「もうなんでもいいですから! ウイルスのワクチンを渡していただきましょう、もしないなら作っていただきましょう! 是が非とも!」
私はそう言い放ち、博士の胸倉をつかんだ。そして修羅場ともいえるそんな事態を一向に気にする様子もなく、ベットに座ったまま女性は淡々と話しだした。
「あら可哀そうに。まあ自業自得ですよね。そもそも世の中の女性全員の性格を薬で変えてしまうなんて、神をも恐れぬ大犯罪。どんな性犯罪もかすむほどの所業ですこと。いつ目玉を穿り出され、細切れにされて、魚のえさにされてもおかしくありませんよね。手ぬるい手ぬるい。私が手始めに3枚におろしてあげましょうか……」
この女性もウイルスにやられているのだろう。きっとけちょんけちょんにののしった挙句、最後はなんだかんだ博士を擁護するのだろう。あらためて『ツンデレ』とはめんどくさいものだ……。しかしそう思っていた私の予想は裏切られる。――いつまでたっても罵詈雑言がやまないのだ。10分まっても20分待っても……1時間まってもその暴言はやむ様子はない。
さすがに不審に思い博士に問いかける。
「ちょっ……え? 博士? これは……? あ、もしかしてあの、彼女はあれですか? もともとこういう性格の方でウイルスには侵されていないのですか?」
「ふふふ……実はな、残念ながらそうではないのだ。いや、私にとってはある意味誇るべきことかもしれん」
「どういうことですか。はっきり言ってください」
「――ウイルスはな、本来女性が持っている『ツン』の成分を増強させるのが主成分なのだ。そして黄金比である9対1というところで落ち着くように作られていた。――はずだった」
「――はず!?」
「そう、つまりだな――ウイルスに効果がありすぎたのだ。さすが私のウイルスというべきか……。彼女をはじめ、ウイルスに感染した女性は最初はきちんと『ツンデレ』になった。それも黄金比率のな。しかし時間の経過とともに『ツン』の成分が増えてしまい、結局ただの『ツンツン』になってしまったのだ。他の女性が彼女に続くことは間違いない。『ツンデレ』の時代は終わりを告げた、――もはや過去なのだ。時代は『ツンツン』。これからは1億総ツンツン時代なのだよ!」
「くだらんこと言ってないで、早くワクチン作ってください!」
高笑いをする博士を、ガタガタとゆさぶりながら私は叫んでいた。
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