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ある夜の告白【ショートショート】【#63】【#磨け感情解像度】
「君のことが好きなんだ。どうか……僕と付き合ってほしい」
花火大会の帰り道。「一駅ぶん歩こう」と彼女を誘った河川敷。ほかの人がいなくなったタイミングを見計らって僕は切り出した。彼女はその先を促すように黙ったまま僕を見つめる。僕は慎重に言葉を続けた。
「えっと……その、恥ずかしさが20%、緊張10%、ここから逃げだしたい気持ちが20%、でもやっぱりどうしても好きな気持ちが20%で……ここで言わないとダメだっていう切迫感が30%――に、なります」
彼女は、何か言おうとして一度口を開いたあと、思い直したように口を閉じた。そして深く、息を吸い込んでからポツ、ポツと話だした。
「……ありがとう。嬉しい。えっと――まず嬉しい気持ちが30%。それで、告白とか初めてだったから、恥ずかしい気持ちも20%あって、それに、あのどうしようっていう思いも20%あって、その……でも正直、あなたで大丈夫かなってそんな不安も20%あるの。だって……その『好き』が20%って少なくない?ってそんなふに落ちない思いが、残りの10%……です 」
僕はそのまま下を向いてしまった彼女に、慌てて弁明をする。
「いやちょっと待って。違うよ、そうじゃなくて……それはその、気持ちを数字で表すと、どうしてもそうなっちゃうけど、そうじゃなくてもちろん心から君のことが好きで――」
彼女は何も言わず、手のひらを僕の方に差し出す。
「あ、えーっと、その……僕の中にはもちろん君を100%好きな気持ちしかなくて、それは嘘じゃないんだけど、その別のレイヤー?で、不安とか恥ずかしい気持ちとかってゆうのも、それぞれ何%かづつそこにはあって、そういうのをひとつにまとめると、結局好きの分が20%になってしまって……」
「……たった20%」
「いやだからね。そうじゃなくて――」
「……冷静に。解像度あげて」
「もう!えー……っと、まずこの気持ちが伝わらないもどかしさが30%で、なんというか少し混乱している部分も……20%くらいあって。でも、挽回しないといけないって気持ち20%に加えて……なんていうか、うまくいかなくてちょっとイライラしている部分も、そうだね10%くらいは、あるかも。いやでも君を好きな気持ちはホントに変わらなくて、それが……えっと、残りの20%、、また20%になる、のかな……」
「……やっぱり20%。それにイライラも10%……」
確かめるように、彼女はそうくり返した。明かりのない河川敷だったけれど、彼女の頬に何かがつたい、きらりと光ったのが見えた気がした。彼女はしばらく考え込むように、また下を向く。
「今の、私の気持ちを、解像するね。まず不安が30%、これが一番先にあって、続けて悲しさが10%。あなたを好きだと思っていたのに……ちょっと違ったのかもしれないって。そんな期待外れの気持ちが20%。それで……最初からこんなでは、これからだってきっとうまくいくはずがない。そんな諦めるの思いが一番大きくて、それが残りの40%……」
彼女はつたった涙を右手でぬぐい、改めて僕を見つめる。
「合わせると、――『ごめんなさい』が100%、です。あの、本当にごめんなさい」
「いや待ってよ!だってそんな、誰だって告白するときなんて不安になるでしょ!そんなの当たり前だし、そもそも僕だって初めてちゃんと人を好きになって、初めて告白してるんだよ!それがこんなくだらない法律のせいでぐちゃぐちゃにされて……」
ビー!ビー!ビー!
頭上を舞う無数のドローンが大きな警戒音を鳴らした。そして、無慈悲な機械音声が僕に降り注ぐ。
「解像度の低い会話は禁止されております。コミュニケーションを円滑にするため、気持ちを伝える際には、5項目程度に感情を解像し、それぞれのパーセンテージを示すよう憲法○○条〇項第〇号附則第〇〇に定められております。当法律に反する行為を続ける場合は、現行犯にて逮捕されることがあります。繰り返します、解像度の低い会話は禁止されています……」
「なんなんだよ!もう!くそっ!こんな国、絶対出て行ってやる!冗談じゃない、人の心がそんなにわかりやすく割り切れるわけないだろ!いい加減にしろよ!どこの独裁国家だよ、こんなのが民主主義だって言えるのかよ!」
泣きながら走り去る彼女を眺めながら、僕の怒りは止まらなかった。誰にともなく思いのたけを叫び続けた。
警戒音は鳴りやまない。
ほどなくそこにパトカーのサイレンの音も加わってきた。
ああ、もう僕は終わりだ……。
暗闇の中、流れる河川の方を眺めながら、未来への不安30%、絶望感20%、両親や彼女に対する申し訳なさ10%、ふがいない自分への悔しさ10%。そして自暴自棄な気持ち30%、を僕は感じていた。
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いりさんの企画に参加いたしました!
また「直球を投げない」という悪い癖が出ております(笑 まー今はちょっと忙しいからいいや(笑 自分というよりもむしろ人の作品を読むのを楽しみにしております。
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