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第5回「壁」3分

第5回目「壁」
林貴広(38)会社員
涌井陽介(41)会社員・林の隣人

〇林のアパート・外観

〇同・部屋
林貴広(38)が包丁を持って立っている。
隣の部屋から涌井陽介(41)と女の声がする。
林の声「なぁ、いいだろ」
女の声「やめてよ、もういかなきゃ」
壁を見つめる林。
林は包丁を持ったまま部屋を移動する。

〇同・風呂場
シャワーが出しっぱなしになっている。
服の裾をまくって腕に包丁を突き立てる林。
女の声「キャー」
大きな音が響く。
シャワーを止める林。
女の声「ちょっとなによ、石鹸こんなとこ置かないでよ」
涌井の声「あー、ごめん」
女の声「転んで死んだらどうすんのよ」
涌井の声「はぁ?簡単に死なねえよ」
包丁を足元に落とす林。
林「いっ……」
静まり返る。
声を押し殺しながら風呂場を出る林。

〇同・部屋
足から少し血を流している林。
包丁をテーブルに置き、引き出しからビニールヒモを取り出す林。
涌井の声「なぁ、おいって」
女の声「もういいじゃん、めんどくさい」
涌井の声「ごめんて」
女の声「あの女誰よ、もういや、陽ちゃんなんて」
涌井の声「あっそ、だったら出てけよ」
女の声「命かけてよ、私が好きって言ってよ」
涌井の声「あ?そんなんで命かけられるか、あほなの?死んだことあるの?」
林、輪にしたビニールヒモを持ちながら壁にもたれて声を聞いている。
涌井の声「お前さ、簡単にそんなもんかけんなよ」
女の声「はぁ?何様」
涌井の声「簡単に人間は死ねないよ、お前みたいにしゃあしゃあいうやつが一番嫌い」
女の声「女に手出しまくりなのお前だろ?こっちだって嫌いよ!」
涌井の声「出てけよ」
大きな足音。
ドアが閉まる音。
林、ベランダに出て煙草に火をつける。
涌井、缶ビールを持ってベランダに出る。
林、涌井目が合い会釈する。
涌井、林のビニールヒモを見て、
涌井「引っ越しすか?」
林「あっ、いいえこれは」
と、ビニールヒモをポケットへ押し込む。
涌井、頷きながら部屋へ戻り、缶ビールをもう一本持ってくる。
涌井「コレ、よかったら」
林「えっ……」
と、受け取る。
タブを開けて勢いよく飲む涌井。
涌井「っつはー」
林「いい飲みっぷりですね」
涌井「なんか、良い日な気がして」
林「いい日……ですか」
涌井「しこ満足かもしんないっすわ」
林「……いや、そうでもないかもしんないですよ」
と、タブを開けて飲む林。
林「っはー……生きててよかった」
涌井「確かに、生きててよかった」
乾杯する二人。



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