ステップアップハングル講座「もっと楽しむ!“韓活”応援レッスン」のコンセプトとは
4月からNHKラジオステップハングル講座の再放送が始まりました。SNS上での皆さんの反応を楽しんでいます。
「楽しそう」「やる気でる」「これなら出来そう」というツイートには、四六時中、講座のことに思いを馳せ続け、産みの苦しみを味わった甲斐があったと、本当に本当に嬉しい限りです。
この講座に対する反応を眺めている中で、少し気になる意見がありました。「ステップアップなのに簡単すぎ」「KPOPに寄りすぎ」というものです。
「ステップアップなのに簡単すぎ」は本当?
NHKラジオの「ステップアップハングル講座」は長年、入門初級を終え、もっと難しい内容に取り組みたい学習者を対象にしていたそうです。ニュースや文学作品、古典童話といった素材を使って、より難易度が高い文法について解説し、ヒヤリングや発話、あるいは読解・翻訳や作文といった、いわゆる4技能を鍛えるトレーニングを行うものだったのでしょう。愛聴者だった方は、今回のテキストを見て少し驚かれたかもしれません。
僕が担当した「もっと楽しむ!“韓活”応援レッスン」では、「ステップアップ」の意味を、より次元の高い文法解説、より高度に4技能を鍛えるという意味では用いませんでした。ある事象や韓国語の単語を題材に、そこから見える文化的背景、人々の思考方法、人間関係や慣習といったことを「深く理解する」という意味で「ステップアップ」を用いたからです。
「もっと楽しむ!“韓活”応援レッスン」では、基本的に文法解説を行っていません。「今日のハングル」のコーナーにフレーズや単語が登場しますが、そこに登場する単語や語尾、構文といった言語を駆使できるようにすることを講座の目的にしなかったので、文法トレーニングもありません。
文法解説を辞めた理由はいくつかあります。TVやラジオの初心者・初級講座以外は全て「ステップアップハングル講座」の対象となるのだと思いますが、初級を終えたばかりの人と中級・上級を名乗る人とでは、単語や文法の知識はまるで異なります。中級と上級に境界線だって不明ですしね。適当にどこかのレベルに合わせても良いのですが、そもそも中上級者に対する文法学習という学び自体が、ある人には物足りず、ある人には難しすぎるという状況を生んでしまうのです。
なので、「文法」を軸において、「この文法を学ぶために、この素材を用いよう」という講座の組み立て方はしませんでした。また、文法は比較的「正解」がはっきりしている分野です。どの先生が教えても大差ありません。そこで、「文法」ではなく「テーマ」を決めて、「テーマ」に関する「文化的レクチャー」を中心に組み立てていきました。韓国語の文法レベルではなく、「文化的レクチャー」が軸ですから、「ステップアップ講座」でありながら、初級者も十分に楽しめる内容でもあると思っています。
というわけで、「簡単すぎる」と思われたのは、「今日のハングル」で使われている文法のことでしょう。でも、「今日のハングル」は、文法からではなく、テーマから導き出されたフレーズを並べたものなのです。「ヒョン(兄)とマンネ(末っ子)」という「兄弟関係」をテーマにした回では、「ヒョンやマンネのポジションの違い」が実感できるようなフレーズをピックアップしました。フレーズが某アイドルのやり取りを彷彿させるとの反応もありましたが、こうしたやり取りはアイドルに限定されるものではありません。兄弟、あるいは兄弟のように近い関係の男性たちが日常の中で行っているコミュニケーションなのです。
さらに、「もっと楽しむ!“韓活”応援レッスン」の韓国語レベルが決して「簡単すぎない」という証左として、韓国語の中でも、大衆的な韓国語を全面的に取り入れた点が挙げられます。ここでいう大衆的な韓国語とは、教科書的、ハイカルチャー的言語でないものという意味です。ドラマや映画もそうですが、バラエティー動画やライブ配信、TwitterやインスタグラムといったSNSから、アイドルなどの芸能人も含め、大衆が日常的に発している言語をふんだんに拾い上げました。こうした言語は、一般的な外国語学習ではほとんど触れられません。多くの外国人は、彼らと同じ社会的状況や人間関係の中に身が置かれることがないからです(例えば、夫の義母とする会話は、韓国人と国際結婚でもしない限り、することがありません)。
こうした大衆的な韓国語は、教科書でする学びとは大きくずれがあります。最初からエンジン全開にせず、4月号では比較的控えめに教科書的な韓国語も混ぜて、5月号、6月号では大衆的な韓国語がかなり全面的に出てくる流れになっています。
ある文化的事象にまつわる大衆的な韓国語ですから、講座で取り上げたフレーズは相当なリアリティーがあるはずです。そして、ある人にとっては相当高度な韓国語にもなっているでしょう。一般的な言語学習では4技能を鍛えるのが目的かもしれませんが、今回の講座は「韓国の人々の人間関係や社会をのぞき見る」のが目的です。文化人類学的な研究手法である「エスノグラフィー」的なものとも説明できるかもしれません。人々の思考方式や言語様式を観察すること、それがこの講座が提供しているフレーズの目的なのです。アイドルに「ほにゃらら」と言ってみよう、といったコミュニケーション活動も多少は混ざっていますが、メインの学びには想定していません。
「KPOPに寄りすぎ」は本当?
今回、コミュニケーション活動のためのフレーズをあまり取り上げないようにしました。なぜなら、コロナ禍であるからです。インタラクティブとか韓国の方との生の交流のための韓国語は、韓国旅行ができない、コンサートがない、韓国人と話す機会が減った(日本人同士でも減ってますしね)現在、ほとんど意味を成さなくなってしまいました。
では、実際にどこで韓国語に触れるのですか? それは「韓活」中のはずなのです。ドラマや映画が好きなら作品そのもの、KPOPが好きなら公演動画やライブ配信動画、メークやファッション、グルメに興味があれば動画共有サイトやインスタグラム、新しい情報を入手したければTwitterやオンライン記事などで韓国語に触れていますよね。こうした全ての活動を「韓活」と僕は定義したいです。KPOPには正直疎いですし、ドラマや映画もこまめには見ていませんが、KBSニュースやオンラインの新聞記事は毎日チェックしているし、論文執筆のための論文検索や論文熟読も日頃からしています。そうなんです、僕も日々「韓活」しているんです。
「皆さんが普段行っている、韓国にまつわる活動を応援するための講座」が、今回の講座のコンセプトです。今回は「皆さん」の部分を「19歳女子」に設定したので、政治経済や日韓問題のニュースよりもKPOP、文学作品や妊娠子育てネタよりもファッションやメーク、体験や書籍よりも動画共有サイトやSNS活動を中心に取り上げたのです。でも「19歳以上」であっても、19歳女子の興味関心は共有できます。通ってきた道ですから。僕も、今回の講座のために、僕自身の文化的知見において最大の弱点だったKPOPの総復習を行い、愛着を抱くまでになりました。
文化には数えきれないほどの切り口があります。今回は、若い世代に見えているKPOPやファッションの世界を切り口に、汎用性のある文化へと拡げていくレクチャーを心がけました。見えている事象を入り口にすることで、いきなり「韓国ってのは、儒教社会でね…」という解説では耳に入らない人も、ぐんと耳を傾けやすくなります。ですので、「某アイドルをだしにしたミーハー講座」や「KPOP関連の韓国語を取り上げるなんてチャラチャラしている」だのと、胆略的に判断しないでいただけたらと願っています。アイドル応援フレーズではなく、アイドルを入り口に、人間関係や文化理解を促すのが、僕の狙いなのです。
まとめ
ということで4月から始まったステップアップハングル講座は「文化」を中心にした新コンセプトである点、言葉も文法ではなくレベル差が出ない語彙や意味を学ぶ構成になっている点が新しいです。
btsから儒教文化(人間関係)を語るという一見かなり荒技というか刺激的な内容になっているはずです。
「文化」という視点
最後に、この講座が一番でこだわったのは「文化」という視点です。語学講座は究極の目的は異文化理解だと思いますが、昭和から続く語学講座は、言語にフォーカスを当て過ぎていると思っています。受験英語の影響でしょうか。
外国語を学び、通じたときの喜びは格別だと思いますが、言語は文化という大きな袋に包まれた、その一部です。異文化理解では、言語と文化は両輪であるはずで、切り離したときには意味を失うケースも多々あります。
なので、中級を自覚される皆さまには、ぜひ文化にも思いを馳せていただきたいです。文化は言語のおまけではなく、文化の凝縮体です。言い方が悪いかもしれませんが、言語が文化のおまけというほうが適切なくらいです。文化理解なくして、言語を適切に扱うことは不可能なはずなのです。
「文化はすでに知っている」と思っている方もいるでしょう。でも、本当にそうでしょうか。今回の講座を作るにあたって、研究者である僕自身も、新たな発見をたくさんしました。僕の知見は、ある意味10年前で止まっていたことに気付かされ、本講座を企画したおかげで、知見がアップロードされました。「知った気になることの恐ろしさ」をあらためて痛感させていただきました。
活用の文法や単語の意味のように、正解のない世界です。
是非テキストの「前書き」も読んでください。そこにこの講座のコンセプトが凝縮されています。