engage~黒装の宴


番外編

「夜烏」

世界を股に掛ける武装組織である。その行動理念はまさに「悪即斬」であり、ホール災害以降世界中で極悪非道の限りを尽くしている犯罪組織の撲滅を目的としている。メンバーは少数でありながら全員が「ギフト」所持者というまさに化け物集団だ。

今回の話はメンバーの1人で「時間」のギフト所持者シャーモス・ハブチャイルドの過去について語ろう。



シャーモスが夜烏に加入する3年前まで時はさかのぼる。

ハブチャイルド牧場。

アメリカはテキサス州の中央に位置する主に麦を生産している小規模な牧場だ。そこでシャーモスは農耕車を鼻歌混じりで運転していた。

「はぁいい天気。」

日和は快晴。風も穏やかでまさに平和である。ホールからも距離がありモンスターも滅多に現れない。
しかし主要都市から距離がありすぎることとやや閉鎖的な雰囲気から人口は余り増えない。

それでもシャーモスは時間がのんびりと流れるこの地が好きで他の若者が都会に流れる中留まり家族経営の小さな農場で働いていた。

「お兄ちゃーん!お昼だよー!」

「もうそんな時間か。今行くー!」

声の主は「レベッカ・ハブチャイルド」。
シャーモスの3つ下の妹である。垢抜けない容姿ながらも明るい雰囲気から家族のみならず町の住民皆に好かれている。愛称はベッキーである。

「シャーモス!お前半分も収穫終わってないだろ!今日中にお前の担当分終わらせろよ!」

「ボブ兄さん。空を見てみなよ。こんなにいい天気なんだよ?仕事してる場合じゃないと俺は思うんだ。」

「いいからやれ!」

シャーモスの隣を歩くのは2つ上の兄「ボブ・ハブチャイルド」
やや堅苦しい性格ながらも責任感が強く兄弟を守る良き兄である。

「今日はね、母さんが寄り合いでいないから私がサンドイッチを作りました!」

「おぉ!いいねぇ!」

バスケットを開けると色とりどりの具材が入るサンドイッチが目に入る。シャーモスはタオルで手を拭くとさっそく一つ手に取り頬張る。ベーコンの塩気とレタスとトマトの瑞々しさが口に広がり思わず笑顔になっていた。

「美味い!相変わらずベッキーは料理上手だね!」

「ありがと!ボブ兄さんも食べて食べて!」

「ったく。休憩は15分だけだからな!」

ボブはそう言いながらもシャーモスと同じように笑顔になりながらサンドイッチを頬張った。

それから日和のせいか穏やかな風のせいか眠くなった三人は木陰でウトウトと寝てしまい気付けば夕方になっていた。
収穫の進捗具合に嘆く兄、それをケラケラ笑う妹、2人を眺めながらシャーモスは平和な日常に満足していた。


そんなある日。

いつものように農作業をしていた時だった。
今日も今日とて快晴、ほぼ無風な為すこし暑さも感じる日だ。シャーモスは上空に小さな点を見つける。

「ん?あれなんだ?ねえ兄さん。」

「なんだ~?雑談してる暇じゃねーぞ?」

「あれ何かな?」

「ん?」

2人は空の点を見る。その点はだんだん大きくなり姿が顕になってきた。

ドラゴンだ。しかも気を失っているのかはたまた死んでいるのかまっすぐこちらに落下してきている。

「ど、ドラゴンだ!!逃げるぞシャーモス!!」

「あ、あ、あ。」

「シャーモス!!」
腰を抜かしたシャーモスの腕を引き必死に逃げるボブ。その刹那物凄い衝撃音と共に自分たちがいた場所にドラゴンが落下してきたのだ。

「し、死んでるのか?」

土煙が晴れ、姿を確認しても一向に動く気配がない。よく見ると所々傷だらけで恐らく他のモンスターと戦闘中に力尽きたかはたまた遠距離からハンターが撃ち落としたのか。

しかしこのままにも出来ずボブとシャーモスは両親に連絡を取る。

スティーブ・ハブチャイルド
ハブチャイルド農場の主であり良き父である。

「2人とも無事か!?」

鼻に蓄えた立派な髭を揺らしながらスティーブは走って2人の元へ向かう。

「今母さんとベッキーは納屋に避難してもらったからお前たちも行け!」

「リンダ母さんとベッキーは無事かい!?
でも大丈夫だよ父さん!こいつもう死んでるみたいだ。」

リンダ・ハブチャイルド
良き母であり良き妻である。物静かながらも家族を支えている。

「何ぃ?そうなのか?」

スティーブは手に持つライフルを構えながらジリジリとドラゴンに近付く。確かに呼吸も止まっているし口からはだらんと舌が飛び出ている。

「とにかく2人が無事で良かった。後のことは私に任せてお前たちは家に帰りなさい。」

安堵の表情で2人を見送った父だったが内心飛び上がるくらい喜ばしかった。

なぜならドラゴンの遺体は莫大な富を産む。しかも討伐でなくとも農場で死んだなら農場主に権利が渡るのだ。
少なくとも1000万ドルの金は入るだろう。

その後の動きはあっという間だった。
モンスター回収業者に連絡を取りドラゴンを回収、買取してもらったところ当初の目測よりも多い1300万ドルの富が入った。税金の兼ね合いと業者の手数料を支払っても手元には巨万の富が。

ハブチャイルド一家は連日パーティを行った。
降って湧いた富に皆笑顔が消えなかった。シャーモスをはじめ三兄妹にも小遣いと称し多額の現金が渡ってきた。

「なんか怖いね兄さん。」

「どうしたんだいベッキー。」

シャーモスとレベッカは連日のパーティにやや疲れ気味になりドラゴンが落ちた場所へと散歩に来ていた。

「だって今まではなんでもない日常だったのにパパもママもボブ兄さんも変わってしまったみたいじゃない?」

「ん~大丈夫だよきっと。そのうちパーティにも飽きてまたのんびりと麦の収穫でもするさ。」

「そうかな~。」

レベッカの懸念は的を得ていた。スティーブは富を得て態度がでかくなり怪しい商売を始めようとしている。また妻のリンダはブランド品を買い漁り、着飾ることに夢中になっていた。

一番変わったのはボブである。夜な夜な街に繰り出しては金にものを言わせ悪行を繰り返している。違法な賭博にも手を出しては散財していた。

農場はシャーモスとレベッカが管理しているものの手がたらず徐々に荒れ始めていた。


それから3ヶ月の月日がたった。

「おい!親父!金寄越せ!」

「ねぇあなた?このバック素敵じゃない?買ってもいいわよね?」

「ええい!お前達うるさいぞ!お前らにやる金なぞ残ってないわ!」

富が底をついた。
自明の理である。連日連夜パーティを繰り返し、買い物やギャンブルに散財し、怪しい商売にまで手を染めた。比例するかのように家の中は荒れ果て、辛うじて残った農場は管理が不十分な為次々に作物が枯れていた。

「なんとかして、なんとかして金を作らねば。」

スティーブは頭を掻きむしり苛立ちを隠さずに嘆いていた。最悪家や農場を手放さなければならなかった。

「おい、シャーモス。お前もらった小遣い貯めてるよな?少しでいいからよ~俺に分けてくれや。」

「そ、そうだ!ベッキーも大事にとっているだろう!父さんに分けてくれないか?」

シャーモスとベッキーに迫るボブとスティーブ。母であるリンダは眼中にないのかタブレットを眺めながらブランド品をまだ買おうとしている。

「父さんも兄さんもいい加減にしてくれよ!もらったお金は農場の為に使った!それでも手が足らないからせっかく育っていた物が枯れたんだよ!」

「私ももらったお金はシャーモス兄さんと一緒に農場に使ったわ。知ってる?今の農場の状態。もう限界なんだよ?」

シャーモスとレベッカが必死に訴えかけても父と母と兄には響かなかった。兄は嘘だと罵りながらシャーモスを殴り、父はレベッカの肩を掴みながら金の無心を繰り返していた。

あの日ドラゴンが落ちてこなければ・・・。
何度考えても一度起きた事は覆らない。

その日の晩に事件は起きた。
痛む頬を我慢しながら就寝しているシャーモスの口を布状の何かで何者かが押さえつけてきた。そのままバタバタと暴れるシャーモスの腹を何者かが殴りつける。痛みで悶えるシャーモスを肩に担ぎ、急ぎ足で部屋を出る。手足を縛られ車のトランクに投げ込まれると発進した。

どれくらい移動しただろうか。車が停止するとトランクが開けられた。シャーモスは犯人の顔を見て驚愕する。実の兄であるボブだ。

「はっはっは!痛かったかシャーモス?お前が金を渡さないのが悪いんだよ!お前とはお別れだからこれからの事を教えてやるよ!」

口を塞がれたシャーモスは兄の顔を凝視しながら現状の把握を務めた。そんな中兄は語り始める。

「この前酒場で町医者と知り合ってな?そいつ裏で臓器売買してんだよ。若いお前の臓器なら高値で買うってよ。大丈夫だ!腕は確からしいから痛みも無く死ねるだろうよ。くっはっは。これで暫くは金に困らないだろうよ。」

兄の変わりように怒りと同時に悲しみにも襲われ、涙を流しながらもなんとか脱出しようともがくシャーモス。

「あぁ、それとな、ベッキーも今頃親父にさらわれて親父の知り合いのクソ変態に売られてる頃だろう。酷いよな~。実の娘売るんだからよ。まあ俺も似たようなもんか!はっはっは!」

何かが切れる音がした。

目の前の光景が全てゆっくりに見える。そして腕に力を込めるとプチッとロープがちぎれた。

「は?」

惚け顔の兄の顔面を殴り飛ばす。するとありえない威力に兄は5mほど飛んで行った。

「がはっ!!な、なにが、」

ボブからは突然シャーモスが高速で動いたように見え、気付いたら殴り飛ばされていた。

「兄さん。」

「ひ、ひぃ!」

「ベッキーはどこに連れて行かれた?」

「し、知らねぇよ!親父だ!親父が知ってる!」

「なら父さんに聞いて、今すぐに。」

シャーモスは自身に起きた出来事に困惑しながらもギフト保持者になった事を何故か理解出来た。能力の使用法や条件などすらすらと頭に浮かんでくるのだ。

「お、親父!?今どこだ!?」

「どうした?今ベッキーを送ってきたとこだ。いやぁ、悲しかったが仕方ない。そっちはどうだ?上手くいったか?」

「父さん。」

「し、シャーモスか?なんでお前が。」

「今家だね?今すぐ行くよ。」

シャーモスは兄の腕を掴むと両足に力を込め、全力で走り出した。周りの景色を置き去りに全速力で駆け抜ける。

家に到着したシャーモスは肩と腕の骨が複雑に折れて嘆く兄を居間に投げ込み父の部屋へと向かった。

「来るな!シャーモス!」

父は部屋の隅でライフルを構え銃口をシャーモスに向けていた。

「父さん・・・。」

「どうやって戻ったかは知らんがこれは仕方ない事なんだ!」

「仕方ない?」

「そうだ!金だ!金が無くなったんだぞ!私が困るではないか!」

「ベッキーは?」

「あ、あいつも悪いんだ!せっかくやった金を農場なんかに使いおって。」

シャーモスは全てを悟り、そして諦めた。もう父も兄も変わった。優しかった2人はもう死んだのだ。

「あらあら、どうしたの2人とも。喧嘩かしら?」

そこに母リンダが入ってくる。

「母さんは、母さんは全て知っていたの?」

「あら?何をかしら?」

シャーモスは一縷の望みに賭け母に全てを話した。自身に起きた事ベッキーが父にさらわれた事。

「あらあら、でもまあ仕方ないわよね。お金が無いと私も困るもの。」

「はぁ。そっか。わかったよ。全てわかった。『スロウ』」

静かにシャーモスが唱えると父と母と兄の動きが止まった。いや、正確には止まっていない。非常にゆっくりと動きが鈍くなっているのだ。

「みんなはそのままでいてね。僕はベッキーを迎えに行くから。」

父のスマートフォンを机から取り位置情報の履歴を辿ると町外れの屋敷である事がわかった。

シャーモスが目的地に着いた時屋敷は静かになっていた。誰1人いない。静かすぎる屋敷に警戒を強めていると1人の人物が月に照らされて立っていた。

「ん?お前誰だ?ここの関係者か?」

「妹を迎えに来た。」

「あぁ、そうか。その・・・すまなかった。間に合わなかった。」

声からして男性であろう人物は深々とシャーモスに頭を下げた。
その姿にあっけに取られていると男性はある扉を指さした。

「多分お前の妹はこの部屋にいた嬢ちゃんだろう。今は眠らせている。」

「ベッキー!」

シャーモスが部屋に入るとむせ返るような熱気と血の匂い。そして醜い体の頭が破裂した遺体が転がっていた。
その奥、大きめなベッドの上に手首と首に痣をつけられ一糸まとわぬ姿の妹が眠っていた。

「ごめん。ごめんよベッキー。助けられなかった。」

シャーモスはそっとレベッカに自身が来ていたシャツを被せるとそっと抱き抱えた。

「誰かはわからないけどこれをやったのはあんた?」

「あぁ、そうだ。仕事でな。」

「そっか。見つかったからには僕らも殺すの?」

シャーモスはそう言うと妹を抱き抱えながら殺気を飛ばす。そしていつでもギフトを発動できるように身構える。すると

「いや、やらねーよ。俺は悪人しか殺さねーんだ。いや、正確には『俺ら』だけどな。」
(こいつのこの雰囲気・・・ギフト持ちか?)

「そっか。どっちでもいいけど。」

そう言うとシャーモスは来た時とは打って変わってゆっくりとした足取りで家路につこうとした。

「なぁ!お前うち来ないか?」

「うち?」

「あぁ、夜烏って組織でな、今は俺が3代目を継がせてもらってる。お前ギフト持ちだろ?」

「この力、ギフトって言うんだね。誘いは嬉しいけど今は妹を家に帰したい。明日また会える?」

「わかった。明日、街の外れの宿にいる。気が向いたら来てくれ。」

黙ってうなづいたシャーモスは屋敷を出ると真夜中の道をとぼとぼと歩いた。家族の事、これからの事、そして妹の事を考えながら。

家に着くと他の家族は皆同じ格好のまま動けずにいた。正確には動けはするがとても鈍い。

シャーモスは妹をベッドに寝かせた。

「ゆっくりおやすみベッキー。全ては夢なんだから。『スロウ』」

妹にも同じ能力を使う。長い長い時をただ眠らせたかったからだ。

一夜明け次の日家族を前にシャーモスは言う。

「さて、僕は家を出ます。みんなに掛けた力が解除される時は多分僕が死ぬ時かな?立ったままは辛いだろうから近くに椅子は置いててあげる。座りたくなったら座りなよ!どのくらい先に座れるかわかんないけどね!それじゃ!あ!ベッキー寝てるから起こしちゃダメだよ?」

シャーモスは家を出ると自身に加速の能力を付与し、夜烏の男に会うために街に向かった。


~数年後~


「あれ?頭、しゃもは?」

「あ~、里帰りだとよ。」

「このクソ忙しい時にあの野郎。」

「まぁ許してやってくれ。」



「たっだいま~♪♪」
勢い良く開かれた玄関に外からの風がホコリをまいあげた。誰も住んでいないようではあるがここには家族が住んでいる。

「父さんダメじゃないか~♪窓に向かおうとしたのかい?ざ~んねん♪この窓もドアも厳重にロックしてま~す♪外からも中からも開けれませ~ん♪」

「あ!兄さん♪水飲みたかったのかな?♪時間を遅らせてるだけで喉は乾くもんね!仕方ないな~♪ほーら頭からかけてあげるからお飲み~♪」

「母さんはどうしてた?動いてないね~♪絶望しちゃった?でも仕方ないじゃな~い♪僕は今楽しいんだもの~♪」

ひとしきり家族との団欒を楽しんだシャーモスは二階へと上がる。手前から二番目の部屋。妹の部屋だ。

「・・・ベッキー。」

ベッドには相変わらず眠っているレベッカの姿が。

「ただいま。どんな夢を見てるんだい?農場の夢かな?あれからちょこちょこ帰ってきては作物とか見てるんだけど1人じゃ難しいね。」

他愛の無い独り言。優しく、できるだけ前と同じような語り口調でシャーモスは妹に向けて囁いた。

「さてと、僕は行くよ。またね、」

「みんなも~♪また来月くらいに来るかな~♪まったね~♪」

シャーモス・ハブチャイルド「夜烏」所属の『時』のギフト所持者。彼の過去の話はここで区切らせてもらう。ではまた、いつかどこかで。


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