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マグロ団 ① 〜入団〜

Uターンで田舎に戻ったサラリーマンが、転職先の突然の辞令で海外出張の嵐に巻き込まれていく… これは実話である。

第一話 辞令

「お先に失礼します」

2003年12月25日夜、私は今年最後の仕事を終え、タイムカードを押した。

ここは大手製造メーカーの構内にあるプレハブ。

このメーカーに人材を派遣する会社 ー それが私の転職先だ。

工場の敷地内にあるプレハブを事務所として借りている。

毎朝タイムカードを押した従業員は、工場内の派遣先(各部署)に散っていく。

私は、息子の小学校入学のタイミングで家族を連れ、東京から田舎に戻ってきた。

しかし、東京で働きながら田舎の転職先を探すのは難しく、なんとか知人の紹介で入社したのがこの会社だ。

事務所を出ようとする私を部長が呼び止める。

部長「お疲れさん、ちょっといいか?」

私 「なんでしょう?」

部長「1月7日から秋田に出張に行ってくれ」

  「それと、パスポートは持ってるか?」

様子を窺うように、しかし勢いよく発せられた言葉の意味が理解できない。

しばらく見つめ合う2人。

あと10秒でロマンスが生まれるところだった。

そもそも就業場所は100%構内であり、製造部に派遣された者でも工場外での作業は無いはずだ。

『私の派遣先は購買部だが… 購買業務の出張って何?』
『それにパスポートって… 秋田って日本の領土だよな?』

頭の中は?でいっぱい。

これが突然の辞令であり、怒涛の出張生活の始まりであった。

辞令を要約すると

マシンの保守エンジニアが不足している
弊社からその出張要員を1名回して欲しい
出張先は海外が多いらしい
期間と場所は分からない
作業内容はやりながら覚えてね
どんまい

こんな派遣先からの要求に対し、私に白羽の矢が当たったようだ。

不安はあった。というか不安しかなかった。

どこで、誰と、何の仕事をするのか一切分からないのだから当然だ。

しかも出張先から出張先へ渡り歩く旅人のような生活(らしい)。

第一、私には製造に関する技術も、海外生活に関するノウハウも無いのだ。

全ての情報に無知であり、頼れる人もいない世界、生活の不安さえ感じてしまう明日へ突然投げ出されてしまった。

辞令を出した部長さえ詳細を把握しておらず、私はフワッとした指示内容に困惑するばかり。

明確な情報は秋田の宿泊先だけ。

部長「年明けは出社しないでいいから準備を整えてくれ」
  「必要な工具を調べて、後日伝えるので調達してくれ」
  「詳細については次回連絡する」

何じゃそりゃーーーー???

もしかして、これはコンプライアンス的にアレなやつなのでは?

ブラックか? ブラックなやつなのか?

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年末年始はモヤっとして過ごした。


第二話 旅支度

何はともあれ旅支度。

といっても、仕事道具は何を持っていって良いのか分からない。

知っている情報を反芻する。

いつ、どこの国に、どのくらい行くのか未定。
仕事は現地で覚え、誰と働くのかも知らない。

これだけ? ダメだ、情報が少なすぎる…

仕事道具が分からない以上、スーツケースや生活用品など、どこの国でも対応できる準備を進めておこう。

作業服・私服それぞれの夏服・冬服、下着や洗剤、洗面道具、電源プラグetc...考えられる物を揃え指示を待つ。

今でこそ、スマホ1台あればどの国でも情報手段は問題ないが、当時はガラケー。

Googleも2000年から日本語検索ができるようになったが、ノートパソコンの保有率も当たり前ではなかった当時、我が家にはで大きなデスクトップがあるだけだった。

「海外での情報収集が難しい…」

そういった不安から、行く国の情報は空港で買うガイドブックに委ねることにした。

ようやく、年明けに会社から連絡があり、そこで言われた工具を購入した。

「パスポートもあるし、これで準備は整った…と思う」

初仕事は1月8日から10日の3日間、チームと合流するため7日に秋田のホテルに向かった。


第三話 ざわざわ

ホテルのロビーで待ち合わせ、今回のチームで夕食をとりに外に出た。

道路に白い雪が降り積もっている。

いい感じの和食屋を見つけ、我々はそこに入った。

当たり前だが、当然知らない顔ばかり。

あらためて挨拶をしてから夕食が始まった。

食事中、先輩方に仕事概要と組織について話を聞いた。

ここで初めて、まともな情報を得ることができた。

その内容は

・全国に販売した精密機械の不具合を、現地で修理する仕事
・部品送付とホテル&チケット手配は管理スタッフが行う
・仕事の流れは、解体、部品交換、組立、点検、部品返送
・製造ラインが停止するので、作業時間はタイト
・全50名の組織で、管理スタッフの指示通り動いている
・チームは都度編成され、1チーム4名ほどが全国を飛び回る
・管理スタッフも含め、全員がメーカーの下請け業者で構成
・命令権は自社から管理スタッフに移り、我々はそれに従う
・国内での仕事はわずかで、ほぼ海外での作業となる
・就業期間はおそらく2〜3年

これで一安心…って、そんなわけあるかぁ!

就業時間だけでなく、全ての時間が管理スタッフに支配されている。

地下? ここは地下? 給料って「ペリカ」払いなの?

管理スタッフって…誰?

旅立ってしまえば、こちらの都合は関係なく動きがとれない。

そんなことを考えていると、先輩の一人がポツリと言った。

「マグロ漁船のようなモンだよ。ようこそ、マグロ団へ」

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とても口頭10分の辞令で済まされたとは思えぬ労働環境。

「なんでだよぉ〜!」

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グラスに注がれたビールは、キンキンに冷えていた。

とりあえずメンバー3人に、ノースキルな自分を詫びる。

ざわざわな夜だった。


マグロ団 ② 〜出撃〜 に続く >>



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