【福丸小糸true考察】福丸小糸という、跳べないうさぎに乗った飛べないうさぎ
こんにちは、高専出身ライトノベル作家兼フリーランス広報の藍月要です。
以前こんな記事↓を書いて以来、小糸のPSSRを心待ちにしていたのですが、
ついに出ましたね。
貯めていた石を解き放ち、無事に引き当てることができました。天井も辞さない覚悟だったのですが、そこまでいかずにゲット。
ありがとう、ありがとう(ちなみにこの後で雛菜もゲットしました)。
さて、今回の小糸PSSR、W.I.N.G.本編と相まって、とてもグッとくる内容となっています。小糸の物語を追うならば、まちがいなく必須レベルだと個人的には感じました。
ただ、正直、一回サラッと読むだけだとその良さが伝わり切らない部分もあるかもしれません。
実際、わたしもコミュ初見では「良い話だけど、なんかあっさりしてたな?」と思いました。
でも、今回のコミュは、それだとかなりもったいないかもです!
もちろんわたしの解釈が絶対に正解だとかそういうわけではまったくないのですが、いろんな角度からぜひ読み込んでみるのをオススメしたい。
そのための叩き台として、ここにわたしの考察を書いておこうと思います。
「誇れない・望まない解き」と「遠回り」
さて、ほうぼうで指摘されているように、シャニマスはモチーフの文学です。具体性を持ったモノ・コトが、アイドルやプロデューサーに関する何かしらの暗喩となっています(ちょっとメタ的なことを言うと、これは、対話形式のゲームという表現上の制約で地の文が使えないから、なんて理由によるところも大きそうです。語れないから、モノやコトに語らせるわけですね)。
小糸の物語のひとつ、今回のPSSRにおいてはどんなモチーフが使われているのか。そんなことを考えながら読んでいくと、シャニマスはより楽しいです。
では最初のコミュ、「絡まる糸を解くように」。
ここでは、学校の宿題をやっている小糸が出てきます。プロデューサーは、宿題をサクサク進めていく彼女に感心し、すごいと讃えます。
すると、小糸は「もう中学時代にやった範囲だから」と謙遜。
ちなみにこの謙遜の仕方に、小糸の自信のなさが透けています。
自分ができることは誰でもやればできるものにすぎない、自分は人より早く(あるいは多く)やっているだけ、というのが彼女の認識です。
実際にプレイして、動く小糸のなんとも言えない表情を見ながら聞くと、このセリフにはより、なかなか物悲しいものが感じられます。
そこでサッと話を変えるシャニPですが、
この話題を出すと、小糸はより悲しい雰囲気を出します。
ノクチルの他メンバーである幼なじみたちと離ればなれになったことは、彼女にとってはひどくネガティブな過去だから。
なお、ここは小糸のプロデュースの最序盤であり、小糸が他の三人との関係をここまで大切にしていることを、シャニPはまだ把握しきっていないです。
で、ここでもう一度コミュタイトルを見てみます。
「絡まる糸を解くように」でしたね。
このシーンはつまり、
人よりもがんばって勉強ができるようになった=問題(絡まったもの)が解けるようになった
からこそ、
幼なじみとは別の学校に行くことになった=関係(絡まったもの)が解けてしまった
という二重の意味を持つ話です。
「勉強での問題」も「友達との関係」も、要素という糸の絡まりの塊。
そして、その「勉強での問題」と「友達との関係」同士も相互に絡まっていて、片方を解いたらもう片方も解けちゃったわけですね。
小糸はそんなこと、誇れもしなければ望んでもいなかったのに。
ここら辺のお話を読んだときに「今回は全体的に、そのものズバリ、小糸という名前を正面から取り扱った、糸の絡まりと解けの話なのかな」とかも思いました。
この後、シャニPはまた速攻で空気を読んで話を変え、小糸にお菓子をあげるのですが、選択肢で飴を選ぶと、
好物が出てきたことに彼女は驚きます。そんな小糸に、
こんなことを言うシャニP。
「予習をする=誰かより進んで勉強をする(=関係を解いてしまった原因や象徴)」ことだって、悪いことばかりじゃないんだよ、と伝えてるわけですね。
だから小糸の予習もおんなじように、誰かの正解を引き当てて、笑顔を作っていたはずorこれから作っていけるんだよ的な。
こんなフォローが音速で出てくるの、なんなのなの。まじでシャニPはなんなの。
誇れない糸の解きで、望まない糸の解きを作ってしまった小糸のこの話の最後が、笑顔の彼女の「正解です」で終わるの、なんか優しくて良いな〜と思います。シャニマスの世界、甘くはないけど優しいですよね。
さて、次のコミュは、事務所にノートを忘れてしまって朝に慌てて取りにきた小糸と、そんな彼女に「学校まで送って行くよ」と提案するシャニPの話です。
最初はその申し出を辞退しようとする小糸。こんなことを言います。
遠慮の仕方が面白い。たしかに、なんとなく芸能人のイメージはあります、そういうの。で、結局、
納得するときも「芸能人っぽい」って言うんかい。ちなみに、この時のウキウキ顔がとてもミーハーな感じで可愛らしいので、ぜひプレイして確認してほしいです。
このコミュは単体だとどんな意味を持つのかわからないのですが、後まで進めていくと、「忘れ物して事務所に寄らなきゃいけないという遠回りも人生にはあるけれど、それが予想外に想像外の嬉しいことと繋がったりもするし、結局、目的地にもちゃんと着いたりする。ピンとまっすぐに繋ぐだけが糸じゃない」というお話だったのかなと読み解けたりもします。
「繋がらない」
さて次は、「花丸かくれんぼ」というコミュタイトルで、回答欄をひとつズラしで書いてしまって小テストで失敗して落ち込んでいる小糸に、オーディション落選の追い討ちがかかる一幕が綴られます。
冒頭では、小糸が夕方にもかかわらずこんな挨拶を。
これ、どんな時間でも「おはようございます」と言う芸能人仕草ですね。
つまり、前のコミュでは「芸能人っぽい!」とか素人さんっぽいことを言っていた小糸が、ちょっとちゃんと業界の人っぽくなってきたよと示しているわけです。その程度の時間は経っているよ、と。
これくらいはパッと読み解いてくれよな! というシャニマスくんのいつものストロングスタイル。祐介(※1)はそういうところある。
ミーハーな素人っぽかった小糸が業界用語を自然に使うくらいには、彼女がアイドル活動をしだしてから時間が経っているシーンである……というのは、ここの読み解きにはけっこう大切な要素です。
もう事務所に入ったばかりってわけでもないのに、オーディションではいまだ結果が出ない。だから「ごめんなさい」で、「なんにも上手くできてない」なんです。
シャニPは、それでも今はまだ「最初のうち」なんだ、と慰めようとするのですが、
悲痛。「いつになったら……」の言い方がすさまじく悲痛。消え入りそうな、泣きそうな声。プロデューサーの目の前であげた、小糸の小さな悲鳴です。
ここは、今が未来のどこにも繋がらないように思えてしまっている、小糸の切ない空回りのシーンです。
小糸はこんなことも言っています。
「全部、ちゃんとしなきゃなのに」と空寂しくつぶやく、小さくて脆くて寂しがり屋で努力家の、細い肩をした女の子。
シャニP……なんとか……なんとかしてくれ……と祈ってしまう。しまうんですが、彼ならなんとかしてくれるはずという安心感もある。
そんな我らがシャニPは、小糸にこう言います。
今日は明日にも未来にも繋がっているんだと伝えています。
何も上手くいかない日がくることには「たぶん」を載せながら、全部が上手くいく日がくることにはしれっと「絶対」をつけるのが、表現巧者な彼らしい。ズルいですよね、ズルくて優しい。
子どもの味方をするためならば、いつでもちょっとズルをできる、優しい大人の背中の押し方です。
前の小糸W.I.N.G.編の記事にも書きましたが、シャニPはこういう言葉の選び方がほんとうに繊細でていねい。生来のものなのか、それともやはり前職か……。あるいは両方か。
なお、ここは選択肢が出てくるところで、「一緒に乗り越えよう」以外にも違う言葉を掛けられますが、どれも素敵です。
なかんずく読み解きで重要なのは、こちら。
「上手くいくために、全部必要」、これは今回のPSSRの話において、最終的なまとめに繋がる極めて重要なセリフです。
そして泣きそうなほどグッとくるのが、W.I.N.G.本編とも対応しているんですよこのセリフ。
小糸がこんなことを言うシーンが、本編にあるんです。
泣くわ。
全部ちゃんとしなきゃって、なのになんにも上手くいかないって、そんなことを言ってた子ですよ……。それが、ちゃんとできなかったことも含めて、全部間違ってなかった、って。
シャニPと出会えてよかったねほんとによかったねランキング第一位は、個人的にはやっぱり小糸です。
小糸は、必ずしもアイドルにならなければ幸せな未来をつかめなかったわけではなかったとは思うのですが、シャニPのような大人に出会えなければ、それはいろいろキツかったろうと思う。
うさぎはとべない
小糸とシャニPの関係があまりにもエモいので脱線しましたが、今回のPSSRの話に戻ります。
次は4つめにして今回のハイライトコミュ、「公園うさぎはとべない」です。ここははっきりと、タイトルで読み解きの補助線が引かれていますね。
オーディション帰り、ふたりで公園の前を通りがかる小糸とシャニP。公園寄ってくか? とシャニPがちょっと冗談まじりに聞くと、思いのほか小糸はテンションブチ上がり。
そんなにうれしい……? さしものシャニPもちょっと困惑気味でした。高校生の女の子が「公園に寄る」ことにこんな瞳孔開くとは、そりゃ思わないので当然です。
どうしてこんなにウキウキしているかというと、小糸はこの公園にあるとある遊具で今まで遊んだことがなく、ずっとやってみたかったらしいのです。なおここは、その遊具だけではなくそもそも公園で好きに遊ぶ機会がなかったと読んだ方が、おそらく適切な気がします。
小糸の育ってきた家庭環境等がちょっと垣間見えますが、しかしこのコミュで真に着目したいのは、どちらかというとそこではありません。
公園に駆け込んだ小糸が遊びはじめたのは、地面とバネで繋がったよくある動物の乗り物(ちなみに、これの正式名称はスプリングアニマルというらしい。そのまんまだ)。
そして小糸が乗ったものは、うさぎの形をしています。
このコミュのタイトルは、「公園うさぎはとべない」。
それはそのとおりで、小糸の乗った遊具、うさぎ型のスプリングアニマルは、どれだけ揺れても揺れても上には跳べない。がんばってもがんばっても、前には進まない。
なぜなら、バネという太くて強い糸で地面に縫い付けられているから。
縫い付けられているために、揺れはするけど上にも跳べない前にも進めないうさぎ。それが、小糸の乗った"公園うさぎ"です。
これは明らかに、小糸自身が思っていた小糸自身の暗喩でしょう。がんばってもがんばっても「なんにも上手くいかない」とうなだれた、彼女自身を示している。
アイドルとしてのサインに思いっきりうさぎの絵が描いてあることからもわかるとおり、小糸自身のモチーフはうさぎです。繋がりを求める寂しがり屋なところも含めて。
さて、ここでめちゃくちゃ重要なことがありまして、今回のコミュタイトルは「公園うさぎはとべない」であって、「公園うさぎは跳べない」じゃないんですよ。
ひらがなになっているわけです(ちなみに、こうやって漢字にできるところをあえてひらがなで書くことを、専門用語では「漢字を開く」と言います)。
物書きの分野では、どの言葉を漢字で書いて、どの言葉をひらがなで書くかというのは、とても大切な話です。そこら辺にブレを生じさせないための共通辞書的なもの(用字用語集)なんかもあります。
跳ぶというのは、だいたいにおいては漢字で書くのが自然です。わたし自身は少なくともそう書きますし、わたしが迷ったときに参照している、どちらかというとひらがな表記が多めな用字用語集(NHK漢字表記辞典)でも、跳ぶという漢字表記が推奨されています。
何が言いたいかと言うと、「とべない」とひらがな表記にしたのは明らかに意図あってのことであり、そしてそこに籠められたものなんて、「跳べない」と「飛べない」のダブルミーニング以外にないということです。
かつて福丸小糸は地に縫い付けられた"跳べないうさぎ"であり、そして今もなお、空を見上げる"飛べないうさぎ"です。
そりゃうさぎなんだから飛べないのはあたりまえですが、じゃあうさぎはなんて数えますか。一羽二羽、です。羽ないのにね、飛べないのにね。
283プロダクションにいるアイドル・福丸小糸のモチーフは、飛べやしないのに翼を持つものと同じ数え方=扱われ方をしている動物、うさぎなんです。
ではここで小糸の衣装説明を見てみましょう。
「明日もし羽が生えたら」です。あぁ……。
さらに、今回のPSSRのガチャでのセリフも見てみましょう。
「翼があればきっと
——あの空でも息ができる」
ああぁ……。
このように、小糸は自身に翼がないことを自覚しているし、コンプレックスにしている女の子。
PSSRのイラストとガチャ画面のセリフはかなりいろいろ考えさせられるものがあって、小糸は呼吸ができない水の中にいながらも、高い空での息の苦しさの方を思っているんです。
この、水に潜る=呼吸ができない状況=苦しいことというのは、努力を指しているのかなと思います。おそらく彼女が考えるところの翼である才能、それと対をなしている概念、努力を。
『苦しい』『たいへん』なことは、努力家の小糸にとっては問題ではなくて、それが必要とされる水の中は、自分の住処ですらある。
しかしそこで小糸は、水面の向こうに見える高い空に憧れるし、そこに行ったときは、きっと自分には呼吸ができないと思っている。
「空で息ができる・できない」というと、高空で酸素が薄いという物理的な意味を考えてしまいがちですが、たぶんこれは、精神的な状態を表す慣用句の方での「息苦しい」を意味しているような気がします。でなければ、翼があれば息ができる、という小糸の言葉の説明がつかない。
翼があれば、空という広い場所で自由に振る舞える=息苦しくない=息ができる、という感じ。
努力家の小糸はきっと苦しい思いをして水に潜ることは得意で、誰よりも努力家なので誰より深く潜れて、だからこそそこから見る空は、悲しいかな誰より遠くにある。
努力をすればするほど、それを必要する自分を再認識し、才能=翼のなさを確認してしまう……ということです。
ガチャタイトルの懸魚はなにかというと、寺社仏閣の屋根に付けられる飾りですね。これを付ける理由は木の先を隠すとか、水の中の生き物である魚を付けて火除けのお守りにするとかあるのですが、それと小糸とはあまり繋がらない気がします。
というかもう先ほどのガチャのセリフがほとんど答えみたいなもので、この懸魚は要するに、空に近い場所に置かれた魚なんです。でも飛べないの、魚だし。飛べないのに空の近くに置かれているの。
考えれば考えるほどほんともうシャニマスくんちょっとこのエグさはちょっともうなに考えてんだおい祐介!!! って感じなんですが、さてでは、満を辞して、ここで実際に小糸がうさぎの遊具に乗るシーンをご覧ください。
クッソ楽しそうでやんの。
よかった〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
わたしは今回のこのコミュがとても好きです。なぜかというと、すごくカタルシスがあるから。
"公園うさぎ"という、縫い付けられて上へ『跳べない』うさぎに、翼がない(と少なくとも自分では思っている)から空を『飛べない』うさぎである小糸が乗る。それがこのシーンです。
乗るだけだったらともすれば残酷なんですが、小糸はご覧の通り、もう笑顔で乗りこなしているんです。
このコミュは、まだ『飛べはしない』小糸が、それでも、『跳べもしなかった』自分の過去は笑顔で乗りこなすことができた……そんな姿を描いています。
この長い記事で伝えたいのは、結局この一文です。
実際に、小糸はこんなことを言います。
「そのうち、色んなことが上手くいく」——このセリフは、過去も今もまだ上手くいっていないからこその言葉であり、そしてそれを受け入れて、未来を楽しみに思えているからこそ出た気持ちです。
縫い付けられて進めないという過去や今を、小糸は乗りこなせているのです。
(ちなみに、完全にまったくの余談なのですが、「色んなことが上手くいく」というのは、村上春樹先生が読者からの質問に答える企画『村上さんのところ』にて、たびたび使っているフレーズです。「色んなことが上手くいくといいですね」「色んなことが上手くいくことを祈っています」的な感じで。この自然に優しい表現が、わたしはとても好きです)
決して自信家でも楽天家でもない彼女が、不確定な未来について、こんなことを言っている。過去と今を乗りこなせていなければ、出てこないセリフです。
ちなみにこの言葉のあと、コミュが終わるところで、今まで公園だった背景が一瞬だけ空になります。にくい演出だ……。
糸を絆とするために
さて、PSSR最後のコミュ。
ここではスタジオでの写真撮影に臨む小糸の姿が描かれます。オーディションに受かって、勝ち取ったお仕事です。
「夢のようだ」と繰り返し、「覚めたくない」からとほっぺたを守る小糸と、そんな彼女に「夢じゃないだろ」と笑いかけるシャニPのやりとり。
このコミュの名は、「或いは編むように」。なるほどなというタイトルです。
最初のコミュからここまで、小糸の糸は絡まったり解けたり、遠回ったり届かなかったり、縫い付けれたりして、まったくまっすぐには進みませんでした。
しかし、それはだからこそ——そうやって「或いは編むように」して動いたからこそ、編まれたからこそ、単純な糸ではない強い繋がりや自信、そして絆になったのです。
途中のコミュでのシャニPが小糸に、
と言っていたように。
W.I.N.G.本編を観たとき、わたしは小糸の物語を、彼女に翼が生えるお話だと感じたし、生えた瞬間があったとも思いました。
ただ、今ではちょっと解釈が変わっています。
これは彼女に翼が生える物語ではなく、
糸で編んだ絆と自信を手繰って行けば、いつかは空にも届くんだ——翼なんかなくったって。
という話なのかもしれません。
そのほか、カードのタイトル「ポシェットの中には」とか、思い出アピールの名前「【夢柄】ばんそうこう」とか、考察しがいのあったところはいろいろ残っているのですが、さすがに長くなったので記事としてはこの辺で。
追記)
雛菜『感謝祭』編も書きました。