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【市川雛菜W.I.N.G.編考察】わたしたちが市川雛菜に惹かれる理由と、その奥底のアンチノミー

※この記事は、市川雛菜W.I.N.G.編の個人的な考察です。怪文書ともいいます。

ラノベ作家の藍月要です。
市川雛菜W.I.N.G.編をプレイしてちょっと経ち、ようやく理解できたことがあったので、自分自身への覚書という意味もこめ、この記事を書いています。

市川雛菜のカリスマ性と、どこか物憂げなプロデューサー

市川雛菜という女の子は、ある種の強烈なカリスマ性を持っています。
それは、彼女自身が持つ人生哲学への強い信頼からくる、ひどく鉄壁な精神性によるものです。その鉄壁は、あるいは潔癖と呼んでも差し支えないでしょう。

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楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん——これが、市川雛菜のスタンスです。
彼女はこのスタンスを徹底しており、たとえテレビの本番収録であっても、すっごく楽しいという『しあわせ』な気持ちをいちばん大切にしているから緊張などしないし、たとえW.I.N.G.で優勝しても、泣くより笑った方が『しあわせ』なので、やっぱり笑います。

その姿には、通常の精神性から外れた強さがある。だから、ある種のカリスマ性が香る。アイドルが『人々の憧れとなる存在』ならば、なるほど雛菜はある意味生まれついてのアイドルかもしれません。

しかし、プロデューサーは、そんな彼女のアイドルとしてのカリスマ性や強みを感じとってはいるようですが、その割にはずっと、どこか物憂げです。

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セリフには三点リーダ(『……』のこと)もよく出てきます。対照的に、迷いのなさやポジティブさ、明るさの表現を意味するような『!』マークは、市川雛菜W.I.N.G.編では、全編とおしておどろくほど出てきません。

そして彼は、"しあわせ"に生きようとする雛菜に、なるべく慎重な言い方で、しかしことあるごとに、それだけではいけないのだと伝えようとします。

その結果、こんなことを言われたりする。

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このシーン、「ほんとはこれも言いたくなかったんだけど」という前置きがあるのがかなり重要です。
これはつまり、「あなたはわたしに、言いたくなかったことを言わせた=しあわせじゃないことをさせた」のだと伝えているわけですね。

W.I.N.G.編で唯一か随一といっていいほど雛菜の攻撃性が出ていてなかなかグッとくるし、ぎょっとします。雛菜はこのとき結構、本気でプロデューサーを刺しにいっているのだと思います。

15歳の全能感

雛菜はハイスペックな少女です。顔はばつぐんに可愛らしく、スタイルも(ノクチルの中で比べても最も)優れており、勉強もなかなかできるようで、ダンストレーナーにお墨付きをもらうくらいに運動神経も良い。

そんな彼女の年齢はというと、15歳です。

家と学校を主な舞台とした普通の15歳の世界において、ルックス・知力・運動神経、この三つを高いレベルで保持していたらどうでしょうか? 
それって、たいてい無敵ではないでしょうか? 違う言い方をするのなら、かなりの全能感があるはずです。

たいていはなんでもできるし、なんとでもなる。実際、雛菜本人も、アイドル始めたてのころにそのようなことを言っています。

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この特技は、雛菜のプロフィールにも同様のことが書いてあります。

普通の世界で生きてきたとても優秀な15歳の彼女は、そんな彼女の世界において、そこそこ全能なのです。

その全能感があるならば、『楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん』という雛菜のスタンスは、かなり合理的です。
わざわざ嫌な気持ちを味わったりたいへんな思いなんかしなくても、十分に結果はついてくるし、それでしあわせになれる。
だったらたしかに、『楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん』です。もっとも期待値が高くなる生き方でしょう。正しい。

しかし、やっぱりそれでも彼女は、15歳ではあるのです。
彼女の全能感は、15歳の全能感です。

もし雛菜が25歳なら、話はまったく違います。その歳まで『楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん』のスタンスで実際にずっとしあわせであれたなら、かなり安定していると言えるでしょう。
25とは言わず、20台前半でもそうかもしれません。

ですが、雛菜は15歳です。
誤解を恐れずにとても乱暴な言い方をすれば、彼女のスタンスが通用し成功し続けてこられたのは、今のところルックス・知力・運動神経という基礎スペックが抜群に高ければだいたいのことはなんとなくうまくいったりする、ローティーンまでの世界における話です。

いや、繰り返し言いますが、もちろんこれはほんとうにとても乱暴な言い様です。

言うまでもなく、たとえば特殊で困難な家庭環境・人間関係があったり、早くから特別な業界に身を置いていたりすれば、ローティーンまでの世界だって、ルックス・知力・運動神経があればだいたいなんでもうまくいくわけではありません。
もし雛菜にもそういった事情があったなら、それでも『楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん』と思えているということになるので、話はまったく変わります。あくまでこの記事では、現在明らかになっている部分で話をしています。

また、これも同様にもちろんのことですが、雛菜が己の全能感を、今の彼女のまま、これからずっと持ち続けられる可能性もあります(これもまた、現在まだ明らかになっていない部分とも言える)。

雛菜のスタンスは、所詮は優秀な子どもにありがちな少年少女期の優越感に基づく傲慢に過ぎないので、これから先は絶対に通用しない——と言いたいわけではありません。

ただ、では絶対に通用し続けるかというと、その保証がないこともまた事実です。現実問題、現在の成功がある程度は、少年少女ゆえの視界と世界の狭さゆえということは、考慮に入れなければならないでしょう。
(市川雛菜論を深夜のTwitterで語る様子↓)

雛菜が自身のしあわせ最優先スタンスを強固に信頼していること、実際に彼女がそれで成功体験を積み上げていること、そして、ゆえにそのスタンスがこれまでずっと強化され続けてきたこと。
これらは、悲しいかな大人であればあるほど、孕んだ危うさがよくわかってしまいます。

そして皮肉にも、わたしたちが市川雛菜に惹かれるのは、このような彼女のスタンスが危ういことを知ってしまっているからこそです。

雛菜のしあわせアンチノミー

普通なことをやっているだけと思うなら、そこにカリスマ性など感じません。

彼女のスタンスをすごいと思えて、そこに憧れを覚えられるというのは、彼女の今やっていること、これからも続けようとしていることが、危険で困難だとわかっているからこそ、です。
厄介なことに、わたしたちが彼女に惹かれている事実そのものが、彼女の危うさを証明しているのです。

……そう理解してはいるんですが、でも雛菜のスタンス、めちゃくちゃかっこいいんですよね〜!

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これとか大好きです。
よく言ってくれた雛菜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!! そうだ!!!!!!! そうだぞ!!!!!!!!
言ってやれ言ってやれ風邪薬のCMとかに!!!!!!!!!!!

って気持ちで気絶しそうになる。

危うさがわかるから変わってほしい。
危うさがわかるから変わらないでほしい。
これは『雛菜のしあわせアンチノミー』として学会に提起していきたい概念です。シャニマス大学ノクチル学部所属研究員の使命です。科研費とれるかな。

かがやくならば、はばたくならば

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"しあわせ"そうな雛菜。しかし、ここには肌寒い不穏と、ごまかしきれない不安が香ります。

ここでメタ的なことを言えば、これはアイドルマスターシャイニーカラーズなのです
そのシナリオ群に触れてきていれば誰もがわかるとおり、我らがシャニマスは、一面的な幸福やシンプルな結論には、かなり手厳しい世界です。

「ほんとうにそれでいいの?」を常に問いかけ続け、その答えを出す中で、はっきり痛みに触れさせる。

シャニマスは、『光り輝くこと』をタイトルに冠し、テーマに掲げています。
輝くためには磨かれることが必要で、磨かれるというのは削られることであり、人を削って余分を落としてその輪郭を明らかにするのは、いつだって人格や人生観に直撃する問いです。

人生を問われることは削られることで、削られることは磨かれることで、磨かれることこそが輝きに繋がる。
シャニマスは、これを徹底することについては、かなり容赦がありません。

そこへいくと、雛菜の年齢設定はとても巧妙だなと思います。
15歳というのは、近づきはじめた大人の世界の影を踏みだす、まさにその第一歩目のような年齢。
自身の優秀さとそれを基にしたスタンスで"しあわせ"にやってきた少女、市川雛菜が、「このままそれでいけるのか」という問いを突きつけられる瞬間としては、この上なく適切で、ある種残酷です。

雛菜が、ノクチルメンバーで比べても最年少ながらもっともスタイルが優れているということも、かなり示唆的でしょう。「この娘は地のスペックが高い、"持ってる側"なんですよ」と、我々へ示しているようなものです。
隣に福丸小糸という(やはり対照的にもっとも小柄で)コンプレックスのある努力家を置くのも、コントラストとしてえげつなければ、コンセプトとして徹底している。
これらの意味するところは単純で、「そんな市川雛菜が、果たしてこれからどうなっていくか見ていきましょう」という盛大な前振りです。

全キャラ中もっとも残酷なシナリオがこれから生まれうるとしたら、市川雛菜のルートかもしれないなと思います。

大人がしなくちゃいけないことは

さて、しかしシャニマスはアイドルのお話でもありますが、プロデューサーのお話でもあります。

最初に書いたとおり、プロデューサーはずっと、今の雛菜のスタンスについては慎重な態度を取り続けています。

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最初、プロデューサーがどうしてこんなにずっと不安そうなのか、わたしは正直よくわかっていませんでした。

個人的に、「辛くて大変じゃないと、頑張ったことにはならないの〜?」というセリフに強い共感があったこともあり、「シャニPの言うことが世間的なスタンダードなんだろうけどさー、でもさー、雛菜は雛菜のスタンスのままやらせてあげてほしいな〜」なんて思っていたくらいです。

しかし、話を進めるうちに、この記事で書いてきたようなことがわかってきて、シャニPは世間一般的なお説教をしているんじゃなくて、とにかく雛菜に大きな賭けをさせまいとしているんだなと理解できてきました。

象徴的なシーンがここです。

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ここ、説教くさいと言えばそうです。
シャニPはスタンスとして「きつい物言いこそ決してしないものの、その子の幸福のために必要であれば、自分への好感度を気にせずに言うべきことを言う」というタイプの人です。
言い方と物腰がとてもていねいなので、あまり意識はされないのですが、これは、実はどのアイドルのルートでも徹底されています。

うるさいと思われても、「きらい〜」と言われても、伝えなければならないことは伝えていくべきというのが、彼の信ずるところなのでしょう。あるいはそれが、彼の思う、子どもに対する大人の役割と責任なのかもしれません。

さて、雛菜編のこのシーンは全編とおして、シャニPの言動はかなり技巧に満ちてもいます。
彼はここで、雛菜に「大筋では彼女のスタンスを肯定しつつ」、「部分的には、その手法を小さく否定していく」というメッセージの発し方をしています。

そういうやり方が必要なときもきっとある
でも、きっとそれは今じゃない

——だって雛菜の『楽しい』て
『楽をする』をするってことじゃないだろ?

雛菜の『楽しく、しあわせ〜にやるのがいちばん』という生き方と価値観を否定しているわけではない。
その上で、そのためには今のやり方は必ずしもベストではないと伝えています。

雛菜ルートにおけるこのときの彼は、
・雛菜のスタンスがある種、極端すぎること
・それを貫ければいいが、そうできるかどうかは、(大人の自分から見れば)おそらく賭けになること
そして、
・雛菜が「自分が賭けをしている」と自覚していないこと
を考えています。

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雛菜の無自覚は、たとえば上記、出会いたてあたりのシーンでの「……みんなもそうしたらいいのにね?」に顕著です。

そんな雛菜に対し、ぶっちゃけて言ってしまえば「君の考え方は素敵で完璧だ」「そのままでいこう」「なにも問題はないよ」とやっていくのが、たぶん、いちばん楽です。

雛菜を仕事相手とだけ捉えたとしたなら、ベストの選択肢ですらあるかもしれません。
雛菜の無自覚さには、それはそれでやはりカリスマ性があります。『自分のすごさを自覚しないままの、すごい人間』って、やっぱりどこか常軌を逸していて、ある種の強い魅力がある。
それでいつか結局、彼女が賭けに負けたとしても、事務所やプロデューサーという立場としては、それまで発揮されてきた彼女のカリスマ性で、十二分なリターンが得られているでしょう。
なにしろ雛菜はスペックが高いのですから、短期的には、問題なく順調に成功を積み上げるはずです。

でも、シャニPはそちらを選ばず、うるさいことを言う道を進みました。
そこには、仕事相手としてだけでなく、この子に関わったひとりの大人としてすべきことをしたいという思いがあるように感じます。

大人としてふるまう彼の姿は、小糸ルートでもあざやかなものが見られます。(以前の記事にそのようなことを書きました↓)

雛菜ルートと小糸ルートはかなり対照的で、
・雛菜の持つ、「否定しようなんて思いもしなかった、これまでのしあわせなやり方」を(部分的に)否定する
・小糸の持つ、「肯定なんてできるわけなかった、これまでのみじめな自分」を肯定する
という作りになっています。

そして、対照的でありながら、どちらの根底にもあるのが、「大人としてやるべきことを」というシャニPのスタンスです。

シャニPのすごいところは、あれだけわかりやすくストロングメンタルを発揮する雛菜を、ちゃんとずっと心配し続けた点にあります。彼は彼女のことを、「だいじょうぶな強い子」とは決して扱わなかった。

雛菜によく似ているのは摩美々ですが(そして似ているけれども正反対)、摩美々に必要なのが叱られることだったように、雛菜には心配されることが必要だったんだなと思います。

市川雛菜2.0とプロデューサー

W.I.N.G.編で雛菜が変わったかどうか。変わったのならば、どんな方向にか。市川雛菜1.1か、それとも市川雛菜2.0か。
それはぜひ、みなさまにご確認いただきたいです。

一点だけ言うなら、プロデューサーと良い関係を築いたのはたしかなように見えます。
耳障りの良いこと言ってくれるから好き、ではない、うるさいこと言うけど信頼できるという"好き"を、雛菜はシャニPに抱いたのでしょう。

ケーキ屋さんまで競争しようと走り出した雛菜に、プロデューサーが「危ないぞ!」と言えば、

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こんな良い笑顔です。このときの声も良い……。あは〜♡とかやは〜♡も印象深いのですが、日常におけるふとしたところの言い方がなにより良い……。

余談ですが、これよりちょっと前の、

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このやりとり、のちの伏線になっていることも含めて、丸戸史明作品っぽいなとも思う。好き。

ところでシャニPは、自分自身を守るための言葉をあまり使わないし、攻撃されたとしても身構えません(参照:樋口円香ルート)。自分の幸福に対しては、どこか無頓着です。

そんな彼に対してはっきりと、雛菜は、

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こんなことを言います。

この優勝コミュのタイトルは、『Make you happy』。

しあわせであることがなにより大事で、それなのに、アイドルになってきつい思いをした。「しあわせ〜」じゃないことを味わった。

そしてやっと最高の結果を出したときに——『Make me happy』ではなく、『Make you happy』。
これが、市川雛菜という女の子の、いちばんすごいところなのかもしれません。


追記)

雛菜『感謝祭』編書きました。

小糸true編書きました。


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