azure
ちかっと光がまたたいた。
光。
光の匂い。
この匂いは、朝の匂い。
「ごめんね」
ぼくは、射してくる光にふれた。
「まだ、だめなんだ」
ふっと息をふきかけると、
光は少しずつ、少しずつしぼんでいった。
まるで、花が萎れてくみたいに。
それから、辺りはまた暗くなった。
夜が、戻ってきた。
……ううん、ぼくが戻したんだ。
「カトル」
カトルは、なにもこたえない。
眠ってるから。
ずっとずっと、眠ってるから。
前にも一度だけ、
カトルがなかなか起きなかったことがある。
でもあのときは、
ぼくが朝ごはんをつくってたら、
いつのまにか、カトルは目を覚ましてた。
トースト、ハチミツ、バター、スープ……。
みんなみんな、
2人でいっしょに食べたんだ。
それなのに。
こんなこと、
もうあってほしくなかったのに。
「カトル、ごめんね。
朝ごはん、つくったんだけど、
もう冷めちゃったんだ。
あっ、大丈夫だよ。
カトルが起きたら、
またあたたかいの、つくってあげるね。
ぼくのことは、気にしないで。
ぼくの分は、もう食べちゃったから。
……うん。
こんなのうそって、すぐわかるよね
カトルに、
うそを通せたことなんて、ないもの。
ぼくも、食べてないよ。
だってぼく、
カトルといっしょがいいんだ。
カトルといっしょじゃないごはんなんて、
そんなの、
おいしくないに決まってるもの。
だからカトル、」
また、光がちかりとした。
光。
光の匂い。
この匂いは、朝の、
「ごめん、ごめんね……」
何度も何度も、あやまりながら、
何度も何度も、光をころしてる。
また、夜を遡ってる。
もう何回目だろう。
もう何日目だろう。
3日?
3週間?
3ヶ月?
それとも――。
朝になんて、なってほしくない。
カトルのいない朝なんて、もうやだよ。
「カトル……」
カトルは今、どこにいるんだろう。
今、どんな気持ちでいるんだろう。
寒がったり、してないかな。
怖がったり、してないかな。
ぼくのこと心配してるかな。
「父さん……」
もしかしてこれは、
父さんのせいなの?
父さんがカトルを、
どこかにやってしまったの?
もしそうなら、
どうして?
どうして、そんなことするの?
それとも、
これは、カトルが望んだことなの?
カトルは、父さんを恐れていて。
父さんは、ぼくを恐れていて。
じゃあ、
カトルは、ぼくを――。
……ううん、きっとそういうことじゃない。
カトル。
ぼくね、
カトルが怖がってるものも、
カトルが怖がってることも、
本当は、全部わかってる。
だからカトルは、
ぼくが心配なんだよね。
ごめんね。
こんな弟で、ごめんね……。
……タタン。
タタン、
あなたは、たった1人の弟よ。
たった2人の、家族なのよ。
だから――。
「カトル?」
ばっと顔を上げると、
まぶしくって、ばたりとひっくり返った。
ベッドが、ぎしりと大きな音を立てた。
……ベッド?
ぼくは、がばっと飛び起きた。
窓の外を見ると、
陽はすっかり昇ってて、
風も、たなびいていて、
庭のチューリップが、
楽しそうに頭をゆらしてる。
ぼんやりしてると、
トーストが焼ける匂いがした。
ぼくは梯子をかけ下りて、
キッチンに飛びこんだ。
カトルが、
カトラリーを並べていた。
「おはよう、寝ぼすけさん」
カトルは、にっこり笑った。
「もう、ベッドからずり落ちちゃって。
それでも起きないんだから。
ちゃんと寝かせるの、大変だったわ」
スープのいい匂いがする。
玉ねぎが、とろけた匂い。
テーブルには、
イチゴのジャムと、
バターが用意されていた。
大きいお皿には、
大きなオムレツが湯気をたてていた。
「じゃあ、食べましょうか。
タタン、手を洗ってきて。」
「カトル」
「なあに?」
「……ううん、なんでもないよ」
「……タタン、疲れてるの?」
「……どうして?」
「だって、ほらここにクマがあるわ。
あんなにぐっすり眠ってたのにね」
「……そうだね、そうかもしれない」
ぼくはいった。
「長い長い、夢を見てたんだ」
オムレツにナイフを入れてから、
ケチャップをぽたぽたとたらした。
大きな1切れにかぶりつくと、
とろとろしたたまごが、
口のなかいっぱいに広がった。
「もう、そんなに急がないの」
「だって、おいしいんだもの」
「ゆっくり食べるのも大切なのよ、
ソロモン・グランディさん」
ぺしっとおでこを叩かれた。
うんうんうなるぼくに、
カトルはくすくす笑う。
カトル。
いつものカトルだ。
「カトル」
「なあに?」
「なにがあっても、
ぜったい、ぜったいに、
ぼくが、カトルを守るから」
カトル。
カトルだって、
ぼくのこと、守ろうとしてるよね。
だから、ぼくもカトルを――。
「それは、たのもしいわ」
カトルは、自分のおでことぼくのおでこをちょんとくっつけた。
おでこがあったかい。
おでこだけじゃない。
体があったかくなる。
「タタン、今日のおやつは何にする?」
「ぼくが決めていいの?」
「もちろん。
私のナイトに、
おいしいものを食べてもらわなくっちゃ」
「じゃあねじゃあね、
イチゴのタルトがいい」
「じゃあ、イチゴを摘まなきゃね」
「ぼくも手伝うよ」
「あら、いいの?」
「うん。だって、カトルのナイトだもの」
カトル。
カトル。
怖いものなんて、なにもないんだよ。
もしあったとしても、
そんなの、ぼくがやっつけてあげる。
だから、いつも笑っていて。