曇り空の下のアルネ(今朝は、カヌレとホットミルク)
9/23。
5:00起床。
天気は曇り。
*
――アルネ。
ぼくは呼ぶ。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子の名前を。
――アルネ。
しかし、彼女は姿を見せてくれない。
今朝は、そんな気分じゃないらしい。
――せっかく、アルネの分のカヌレも買ったのに。
――早く言ってよ。
――うわ、
彼女はすでに、ぼくの眼前に立っていた。
――いたんだ。返事してくれればいいのに。
――そんな気分じゃなかったの。
――カヌレを食べる気分ではあったんだね。
――私、ホットミルク。
――はいはい。
いつものように電子レンジを使おうかと思ったけど、とびっきりのカヌレがあるんだもの。沸騰させないように、ミルクパンで人肌に温めることにした。
――甘いものに、甘い牛乳。良い朝ね。
――はは。たまには、こんな贅沢もいいね。
――贅沢は、「たまに」だから贅沢なのよね。
素朴な甘さに、アルネはまどろむような顔をして、ふいに外を見た。その目は、少しだけ曇っていた。
――曇り空のせいかな。
――何?
――何かあったの? アルネ。
ぼくは何となしに訊いたつもりだったけど、彼女にとってはだいぶ答えにくいことだったらしく、苦いものを噛んだような顔をした。噛んだものは、苦虫ではないようだけど。
――余計なこと訊いちゃったかな。
――そうね。
――……まあ、君のそういうところ、嫌いじゃないけど。
――きっと、曇り空のせいね。
時間感覚がずれていれば朝なのか夕方なのかわからない空を、彼女は睨むように見上げた。
――天気が悪いから?
――天気に良いも悪いもないでしょ。
――じゃあ、
――わからないわ。
彼女は残り半分のカヌレを一口で食べ、ぼくもなんとなく真似をして(そもそも、あと一口分しかなかったけど)一口で食べた。
――これ、おいしいわ。とっても。
――それはよかった。
――……大したことじゃないのよ。
――……。
――大したことなんて、何一つないのよ。
彼女は、ぬるくなった牛乳も一気に飲み干すと、すっと立ち上がった。
――ねえ、何があったのかわからないけど、
――「ぼくは、君の味方だよ」?
――うん。……それと、
――?
――お茶なら、いつでもおいで。
彼女はぱちぱちと目をしばたたかせ、それから薄い笑みを浮かべた。
――いつでも来てるわ。
――そうだったね。
――じゃあ、今度はコーヒーがいいな。
――良い豆を用意しておくよ。
アルネは、何かを振り切るように首を振ると、雲の切れ間からわずかに差し込んだ光の中に消えた。
*
「僕だけが、鳴いている」
これは、
ぼくと、ドッペルゲンガーのドッペルさんの話。
連載中。