Birthmark(お題:ハチ、駆け引き、目)
Aは言いました。
「欲しい、欲しい。あなたの痣が欲しい」
Bは言いました。
「欲しい、欲しい。あなたの目が欲しい」
「いいえ、いいえ」
首を振ったのはA。
「それでは、等価交換にならないわ。
わたくしの目は生まれつきのもの。
そしてあなたの痣は……蜂に刺されたのかしら?
それとも、虻に噛まれたのかしら?」
「いいえ、いいえ」
次に首を振ったのはB。
「覚えていらっしゃらないの? お姉さま。
わたくしの痣も、生まれつきのものよ」
「だとしても、だとしても」
首を振るのを止めないA。
「目を失うか、痣を失うか。どちらが重大なのか、わかるでしょう?
それにこの目は、お母さまともお父さまとも違う、ひいおばあさまと同じ色なのよ。
わたくしがあなたに目をあげるなら、あなたもわたくしにそれ相応のものを渡さなければ」
「いいえ、いいえ」
またまた否定するB。
「この痣はお姉さまの目と同じ価値が――いいえ、いいえ、それ以上かもしれないわ。
なぜなら、わたくしはこの痣に、蜂を飼っているの。生まれたときから、ずっとよ。
痣は蜂。蜂はわたくし。わたくし達は、一蓮托生。
お姉さま。わたくしは、等価以上の交換をしようと言っているのよ?」
「お止め、お前たち」
仲裁するのは姉妹の母親。
「それぞれ自らの素晴らしさを誇っているのに、わざわざ交換する必要があるのかい?」
「だって、お母さま」
AとBは声を揃える。
「妹のものは」
「姉のものは」
「「欲しくなるものでしょう?」」
先の諍いはどこへやら、姉妹はくすくす笑う。
「良いことを思いついたわ」
Aは言った。
「奇遇ね、お姉さま。わたくしもよ」
Bは言った。
「「わたくし達、きっと同じことを考えているのね」」
*
わが娘たちながら、気味が悪い――母親は思わず目を瞑った。
母親から見れば、姉妹のする事なす事は、どれもこれも理解の範疇を越えていた。
腹を痛めて産んだわが子たちだが、時々、悪魔によって受胎された子どもたちではないかと疑う。
自身にも、数年前に亡くなった夫にも似ていない、この娘たちは。
「「ねえ、お母さま」」
気付けば、姉妹は母親にすがりついていた。
「わたくし達、交換するのは止めにしたの」
「そうなの? よかったわ。生まれもったものは、簡単に反故にするべきでは」「その代わり、」
姉妹は、示し合わせたように、同時に口を開いた。
「わたくしの目を」
「わたくしの痣を」
「「お母さまにあげることにしたの」」
状況を飲み込めない母親をよそに、姉妹たちはうんうん肯く。
「生まれもったものは」
「生んでくれたひとに」
「「わたくしたちは、返してあげるの」」
母親は、床の上にへたり込んでいた。いや、姉妹たちによっ引きずり下ろされたのか。あまりの恐怖に、記憶を辿ることができない。
「お母さま」
Aは、自らの目をもぎとり。
「お母さま」
Bは、自らの痣をちぎり。
「「あなたが生んだものを、あなたに返してあげる」」
Aは母親の上唇を、Bは下唇を掴み、大きく開いた。
「「これで、仲直りね」」
断末魔を背に、姉妹たちは互いの手を握り合った。