me
タタン。
ぼくの名前。
大好きな名前。
口ずさむと、すごく楽しい。
大好きなカトルが付けてくれた名前だから、大好きにきまってる。
カトル?
カトルはね、ぼくのお姉さんだよ。
ぼくが、世界で一番大好きなひと。
それから、父さんもいる。
ぼくはちがうけど、
カトルは父さんがこわいみたい。
だから、父さんのことはあんまり好きじゃないときもある。
そういうときも、生きているときっとあるんだよって、
ずっと前に、タシルが教えてくれた。
タシルのこと?
タシルは、ここにはいないから、
教えてあげるのは、ちょっとむずかしいな。
ごめんね。
そうだ。
じゃあ、ぼくの好きなものを教えてあげる。
カトルのおかしは、ぜんぶ大好き。
だって、ぜんぶおいしいんだもの。
今日のおやつは、ココアのクッキーだよ。
あとで、君にも分けてあげるね。
ひとつにしなさいって言われたら、むずかしいな。
そうだなあ……アップルパイかな。
カトルは、パイを焼くのもとっても上手なんだよ。
ちょうど、リンゴも大きくなってきたころだしね。
君も、あとで庭の方を見てくるといいよ。
アップルパイ、父さんはあんまり好きじゃないみたい。
あんなにおいしいのに、どうしてかな。
ぼくは、大好きなのに。
だから、ぼくともあんまり会ってくれないのかな。
……そうそう、カトルはおかしなら、なんでも作れるんだよ。
すごいでしょ。
ぼくもね、ときどき手伝うよ。
でも、ぼくが材料にさわっちゃうと、
別のものになっちゃうことがあるんだ。
この前も、小麦粉をふるおうとしたら、
うっかりぼくの手にかかっちゃったんだ。
そうしたら、ぜんぶ、わたぼこりになっちゃって。
用意してた牛乳もバターもほこりだらけになって、
ぜんぶダメにしちゃった。
ぼくね、カトルに怒られることが一番こわいんだ。
だからそのときも、どうしようどうしようって思ったんだ。
でもね、カトルはぼくのこと、怒ったりなんてしなかった。
「大丈夫よ」って、やさしく笑ってくれたんだ。
カトルはね、すっごくやさしくて、とってもきれいなんだよ。
だからね、ぼく、カトルが悲しくなることなんて、あってほしくないんだ。
あのね、カトルはときどき、悲しそうにしてるときがあるんだ。
ぼくが、どうしたのって声をかけても、
「なんでもないのよ」って言うだけなんだ。
でも、ぼくはちゃんとわかってるんだ。
ぼくは、カトルの弟だから。
言ってくれないのは、ぼくがまだ子どもだからなのかな。
ぼくは、カトルがどうして悲しいのか、ぜんぜんわからない。
ぼくがわからないから、言ってくれないのかな。
ぼくは、カトルにいつも笑っていてほしいのに。
だから、もしカトルになにかあったら、ぼくにちゃんと教えてね。
ぼくが、カトルを守ってあげるんだ。
……これで、ぜんぶかな。
この庭のこと、わかってくれた?
今言ったことはね、ぼくがつくったみんなに教えてるんだよ。
ぼく、教えるの下手だから、いっつもどきどきしてるんだ。
でも、ぜんぶ大切なことだからね。
大切なことは、大切なみんなに教えなきゃいけないと思うから。
わからないことがあったら、ぼくにきいてね。
カトルは、ぼくよりいろんなことを知ってるけど、
君のことばはわからないかもしれないし、
父さんは、カトルよりもっとたくさんのことを知ってるけど、
君も、父さんのことをこわがるかもしれないから。
あっ、この庭にいるあいだは、なにもこわがらなくていいよ。
ぼくが、ちゃんと守ってあげる。
……うん。
君には、きれいな羽がついてるんだね。
この庭は、花がたくさん咲いてるから、飛ぶのもきっと楽しいよ。
これから、よろしくね。